池田先生が亡くなられてから、一か月経ちました。そんな時に私の作った年譜を参考にしたいという電話がありました。そして池田先生をもっと知るのに牧口、戸田両先生の人間性ももっと知りたいという理由らしい。
私はすぐに44年前の本部の雰囲気を思い出しました。私にすれば、今、牧口・戸田では無いだろうという思いが湧きあがりました。
それでも今回は、協力をすることにしましした。牧口・戸田年譜と戸田先生の音源を提供しました。
羅生門 現代の日本を覆う羅生門
こんな男が本当に、政治家の中にいると思う人が何人いるだろうか。私はそれが知りたいと思う。
二十年前のある日の事であった。その日は昼間からほの暗い、雨催いの灰色の空が広がっていた。小雨が降り始めてから小一時間になる。国会議事堂の前に一人の男が、傘も差さずにで佇んでいた。正門の横には警備員がいた。立法府の牙城である。ライトアップされた国会議事堂は、暗闇の中で雨に濡れながらも、厳然と聳え建っていた。明日の投票結果いかんでは、バッヂを付けて堂々とこの門をくぐることが出来る。体は疲れていたが、異様な興奮が総身を包んでいた。
選挙戦は修羅場であった。国会議事堂は、修羅の戦に勝ち残った者だけが集まる、誇り高き勇者の城であり修羅城であった。今、目の前にある門は羅生門そのものであった。国会議事堂の上空は漆黒の闇であったが、男の眼には真っ赤な修羅の炎が燃え盛り、その炎で赤く染まりながら、そそり立っているような錯覚に捕らわれていた。ふと我にかえった男が怯えた様にあたりを見回した。ライトアップされた美しい議事堂が静かに浮かんでいた。そして周辺は闇夜の静寂な世界であった。
政・財・官の癒着と腐敗、未成年の犯罪、信徒を大量除名した宗教団体、地震災害、水害、放火事件、飛行機事故、詐欺商法といった天災や人災が続けて起きた。自然と精神の乱れは一通りではなかった。日本中を覆う荒廃を悪用してマスコミの低俗化が激しくなって、金儲けに狂奔する。誰もが日本の将来に不安を持っていた。自然の荒廃も酷くなっていた。うす汚れた空気は、東京に近づくにつれ、列車の窓から入る空気の臭いで判る。空には鳥も飛ばす、木々には虫もつかない。冷え冷えとした東京の冬の空は、気温以上に寒々としていた。国会議員となって、身を挺して国を守りたいと真剣に思った。
厳しい選挙選を戦い抜いた満足感と疲労感が全身を覆っていた。男は一人選対本部に戻った。本部員は疲れからか仮眠するものが三人いた。後は、明日の結果を見るだけであった。男は一人、事務所で深呼吸すると一気に肺の中の空気を吐き出した。そして呻くように呟いた。<苦しかった・・・が・・・>男は戦いの終わったことを実感した。
この三週間の選挙期間、いや三年前から準備を進めてきたのである。地盤・看板・鞄もなかったので、実に様々なことをしてきた。<議員に成りたい>という思いは、国を愛する心と庶民の味方という正義感の発露だと思っていた。しかし初めにどうしたらいいのか、何から始めたらいいのか、まったく見当もつかなかった。踏み出す勇気もなかった。とにかく今の政治が悪いから改革したいと思った。
けれども、無名の男が、国会議員になりたいと考えることが、いかに無謀であるかを思い知らされた。選挙戦の最中にもかかわらず、<区議選から始めたほうが良かったのかな・・・>などと思うことが何度もあった。家族からは全員に反対された。
妻と息子と娘は「選挙カーには絶対に乗らない」と宣言していた。もとより孤軍奮闘は覚悟の上であった。しかし、立候補を決意した頃から、社会の時流は大きく動きだしていた。具体的には、自民党離れと無党派層の拡大の兆しであった。その意味では、反自民を標榜する候補にとっては追い風が吹き始めていたのである。反対していた友人もやる気になっていた。
まさに、必死の戦いで勝ち取った議席であった。国会議事堂の前に立った時、その感慨は一層強く、深い感動に浸っていた。報道陣のフラッシュが焚かれる中、巍々堂々と胸を張って門を通った。議事堂の前で一端、男は立ち止まって上を見上げた。歓喜が議事堂の上空の真っ青な空に昇り、空一面に広がるような思いであった。
しかし建物の中に入ったとたん、突然に、足元から沸き上がってくる不安感を抑えることが出来なかった。国会議事堂の一階のロビーには真っ赤なジュータンが敷きつめてあった。赤ジュータンを踏みしめた瞬間、全身に悪寒が走った。前方に、目に見えない凶暴な敵が潜んでいるように感じて、思わず立ち止まってしまったのである。国会という立法府の牙城の威圧に気押されたのではない。命の底の方から沸き上がる不安が大きな渦音を立てて巻きあがるのを感じた。
初めて、ある老政治家の自宅に招かれた。恐る恐る門の内を覗いて見た。噂通り、広くて立派な庭が広がっていた。金をかけた、手入れの行き届いた庭であった。右手に芝生の広い庭。左手は日本風の庭園になっていた。庭に面した部屋の縁側には、無造作に高価な盆栽が何鉢も置いてあった。
玄関に迎えに出た老婦人は、着物姿であった。応接に案内された。室内の装飾にも目を見張るものがあった。<自分もこういう家に住みたい>と思った。いや必ず住んで見せると決意した。その時の自分の姿を想像すると、目の眩むような眩暈を覚えた。
自分が貧乏だった子供時代のころが思い浮かぶ。そして、国会議員になった今の生活を思い浮かべた。<自分もこんな生活がしたい>と思うと、ある強い感情が男の心に炎の如
く燃え上がった。
そこへ老政治家が入ってきた。男の目に映ったのは、高価な着物姿ではあったが、背の低い、小太りで、白髪頭の猿のような老人であった。他党の幹事長であるこの老人は、右の指に指よりも太い葉巻を挟みこんでいた。その葉巻に火を付けながら、ソファーに深々と沈みこんだ。
立ったままであった。老人は、紫煙を立ち昇らせながら、眼光鋭く、上目遣いに男を睨みつけた。座れとは言わなかった。男は歓喜と恐怖の眼で、この老獪な政治家を見下ろしていた。権力者の力は畏怖すべき存在であるが、自分のためには頼もしく思える。
年は六十を半ば過ぎている筈である。突然、老人が少しトーンの上がった、奇妙な呻きのような声で語りかけてきた。この猿面の老政治家が、政権を握る政党の影のドンと恐れられている男だと思うと、緊張して挨拶をするのも忘れていた。
「君の好きなものは何かね」といきなり聞いてきた。
「・・・・・」。男は、何と答えればいいのか戸惑った。沈黙する男に、老政治家は畳みかけるように問いを発した。
「金か。女か・・・。それとも他に何かあるか」
「・・・・・」
「政治家が得をするためには・・・、自分を立派に偉く見せることがコツなんだ。よく覚えておけ」
「・・・・・」
「そのためには官僚の畜生根性を利用することだ・・・。さらに国民と官僚を引き離しておくことも必要だな」
「・・・・・」
「そうするためには、国民を愚かにするだけですむ」
男は、今度の選挙で二度目の試練を乗り越えた。支持者の献身的な努力で勝ち取った、その矢先のことだった。他党の老政治家の自宅に招かれたのである。まさか、一人とは思わなかった。食事の招待をしたいという申し出を断ることは出来ない。六分の好奇心と四分の期待に朝から緊張していた。秘書にも内緒であった。老人は、鋭い目つきのままであったが、少し声を和らげて言った。
「私は、永い間、政治に携わってきた。いろんな人間を見てきたが、金と女と名誉を欲しがらない政治家は、一人もいなかった。君は何が欲しいんだ」
高校三年の長男を医者にしたかった。けれども成績は、芳しくなく、とてもまともに大学の医学部に合格させるのは不可能に思えた。
「大学はどうするんだ」と息子に聞いた。
「あんまり乗り気じゃないけどな。けどよう。働くのもかったるいしさぁ」
「成績のほうは、どうなんだ」
「それがねお父さん。酷い成績なの。このままじゃ何処も受かんないわよ」と妻が叫びながらキッチンから出てきた。
そして、「あなた。なんとかならないかしら」と妻が言った。
「お父さんの政治力でなんとかしてくれよ」と甘える息子に「判った」と答えてみたが、大学の総長のコネを使う以外に思い浮かばなかった。それでも裏口入学には、それなりに金が必要であった。それにこの総長が、政治家に成りたがっていることを知っていた。
<表面的には応援出来ないが、対立候補の人選に手心を加える約束なら出来る。頼んでみるか>と思案した。
「なんとかやってみるが、お前も少しは勉強しろよ」
「そうよ。遊んでばかりいるんだから」
「判ったよ。それで学部は、どこにすればいいんだよ」
「それは、あんたがやりたい勉強にすすむのが一番よ」
「なに云ってるんだよ。勉強なんてなんにもしたかぁないよ」
「医学部に入って医者になれよ」
「無理じゃない。医学部は難しいわよ」
「おお。医者か。恰好いいな。それでいこう」
「成れれば最高よね。お金も儲かるし、息子が医者なら、私も鼻が高いわ。ああ。それとねお父さん。昭子がマンションを買いたいって云ってきたの」
昭子とは、昨年結婚した長女である。現在は、江東区の枝川のマンションに住んでいのだが、常々<江東区は嫌だ>と夫に愚痴をこぼしていた。夫の深山隆は普通のサラリーマンであり、ローンを組むにしてもそれなりの覚悟が必要であった。娘の昭子が、文京区に住みたいと母親にねだっていたのである。
見栄っ張りの女房が、資金援助をしてやると言ったらしい。どうにもならないことを、どうにかするためには、手段を選んでいるいとまはなかった。
「金が、金が欲しいです」と男は、消え入りそうな小声でと呟いた。その瞬間、男は政治家としての生死が、老人の意志に支配されているとハッキリ自覚した。男は、顔を上げると「金がほしい」と、やや大きめな声で叫んでいた。
その後、男は他党の党首に情報を流し、派閥外の派閥の一員になって援助金を貰った。老政治家が、企業の情報を入手して株を購入して裏金を作っていたので、その真似をさせてもらった。府知事選の候補の応援に絡んで菓子包みに入った二千万円を受け取った。設立の当初から係わった財団に、ある企業から六千万という巨額の寄付を受け、その一部を着服した。もはや男の目には羅生門も修羅城も見えなかった。権威の象徴としての建築物が、誇らしげに堂々と建っているとしか思えなかった。
自分が甘い汁を吸うことに、まったく抵抗を感じなくなっていた。男にとって大儀は、二の次になった。そして何のために国会議員に成りたかったのかも判らなくなっていた。東南アジアやヨーロッパといった海外渡航の時に、胴巻きに札束をギッシリ詰め込んで、宝石の原石やみやげ物を買い込んだ。時にはみやげ物を詰め込んだトランクが、計二十個になったこともある。
こんなに大量のみやげ物をどうするのかというと、関係する政治家や官僚や口説いている女に贈呈するためであった。オパール、翡翠といった宝石の原石は、仲間に加工させて女や芸能人にプレゼント用にしたり、売り裁いて現金を手に入れていた。これが馬鹿にならない額になる。味をしめると癖になる。ある時などは、中国の外務筋からそれとなく党首に注意が入るほどであった。
「あまり派手にやるなよ」という党首の忠告などまったく耳に入らなかった。
政治家としての信念も燃えるような正義感も消え失せていた。残るのは、大金を手にした時の得意さと、家族の喜ぶ姿をみる時の、ある種の満足と安らぎが、あるばかりとなった。党内での公私混同、私物化等やりたい放題であった。
さらに、盆栽を買い漁った。本人も盆栽が好きだった。盆栽は人を裏切らないという理由からである。自分の裏切り行為や自己宣伝に腐心する故に、物言わぬ盆栽への思い入れであった。もっとも周囲の人の目には異常な盆栽狂いと映った。自宅には、黒松、五葉松、錦松といった時価数百万の盆栽が十数鉢も置いてあった。また、盆栽は、大物政治家に寄贈するためにも役立っていた。有名な政治家と親しくなり、大物を気取りたがった。ある時などは、選挙期間中であったが応援演説が終わるといつのまにか消えていた。近くにあった有名な盆栽が置いてある造園業者の店にいって数鉢購入すると、そのまま自宅に戻
ってしまったのである。
盆栽を大物政治家に届けることは、その政治家から情報を取得するためである。もちろん政治の情報ではない。金儲けの情報である。
お世話になった後援会のことなどすっかり忘れていた。『大衆のために』という党綱領等は、まったく頭から消えうせていた。支援活動の途中で交通事故で死んだ活動員もいた事など、まったく思い出すことはなかった。忘れてはいけない事を、すべて忘れた。『忘れる』ということは、そのまま『無責任』となり『不知恩』となる。
投票した国民に対する裏切り、恩を仇で返す背信行為であった。尊敬する老政治家が、「賢き民衆は必要ない」といった。修羅界の生命の論理であった。このような権力者のもとで社会は、乱世と不安の濁流が渦を巻く権謀術数の世界となっていくことは当然の結果だといえる。表面では仁・義・礼・智・信を立て、裏では修羅の怨念が燃え盛っていた。身の丈、八千由旬。自分を如何に大物に見せるかに腐心する修羅の心。
「政治家が求める安定は、政権の維持のことであって、社会や国民の安定を求めている者など、一人もいないよ・・。これが本心なんだ・・・・。政治家は、平安より乱世を好むもんじゃよ」さらに「その方が、政治家としてやり甲斐があるというもんだよ」
「なるほど、よく判ります」
「ただし、これも忘れていけないことだ。不安を与えると同時に安心も与えて置くことが、政治家としての力量なんだよ」
修羅の本質は、教育ママと同じである。他人の子供を表面では褒め讃えながら、内面は夜叉の如き、勝他の念の炎が渦巻く。争いが好きな反面、小心である。ゆえに政治家は、自身の隠れ家として無熱池の蓮を常に探している。
男は、老政治家に「官僚は畜生根性を持っている」と教わった。まったくその通りだと感心してしまった。横着で横柄で、強いものに迎合し、弱いものには傲慢になる。自分達が日本を動かしているといった意識がそうさせるのか。
男は、官僚の卑しい根性を利用しようと思った。それには、官僚に会いたがっている実業家の間入って両者を取り持ってやればよい。そのための手土産も用意する必要がある。東南アジア訪問の際、宝石の原石を大量に買い込んで信玄袋に詰め込んで帰ることもあった。宝石ブローカーと手を組んで販売するとかなり儲けが得られる。加工した宝石は、売るだけでなく、官僚が女にプレゼントするためにも使った。官僚も喜び、女も喜ぶ。そしてそれが自分の利益にも繋がっていった。
軽井沢に500坪を越える別荘を男と息子の名義で買った。また長女名義にした軽井沢の両親の家の立て替え費用にも充てた。さらに渋谷区恵比寿に自宅を購入をした。敷地面積は二百坪あった。建築敷地は五十坪あった。裏庭は芝生を配してあるが、玄関正面の前も左右の庭も、日本庭園風にしてあった。書斎から庭に出られるようになっており、そこには、数十鉢の盆栽が置いてある。玄関も料亭風の造りにしてあった。総檜の廊下が応接間から書斎に続いていた。応接間には、有名な日本画家の描いた真っ赤な富士の絵が飾ってあり、応接セットは、ドイツの最高級ソファーであった。書斎には、英国風の重厚な机が中央に置かれてあった。調度品も一流家具が揃っている。女房には、自宅にいる時は、必ず着物を着させた。すべてが老政治家の自宅とそっくりに出来ていた。さらにセンチュリーという高級車を乗ることが出来るまでになった。
一緒に生活している女房が、これらの変化に不審を持たない筈はなかった。ところが、女房も男と同類の人種であった。お国の為に命を投げ打っている夫の、努力の見返りにこれくらいの事は、当然の権利だと思っている。まさに似た者夫婦であった。夜叉の心を持つ女でもあった。おまけに虚栄心の固まりで、友人には大統領夫人を気取ったりする。その意味でこの二人は極悪夫妻でもあった。
ある時、小学校の同窓会のために郷里に帰っていた女房が、家に戻るなり、いきなり男に聞いた。
「ねえ、あなたの最終学歴って、何でしたっけ」
「陸軍の士官候補生だよ」
「陸軍士官学校なの」
「・・・・・・」
「私は尋常小学校しか出てないのよ」
「高等小学校って言えばいいじゃないか。学歴なんて何の意味もないよ。東大を出ていてもうだつの上がらないのも結構いるから」
「そうね。それでいきましょう」
権力欲と自己保身、自己中心的な性格は、小心で臆病な男が、我利我欲、名聞名利、私利私欲を満足させるために必要な武器であった。そのためには学歴詐称や人心攪乱、猿芝居も必要手段であった。
政治屋と政治屋の女房は一度やったら止められない商売であった。今の男にとって修羅城と羅生門は、空居天の他化自在城と鬼神門に変わっていた。この男もそれなりに一人前の政治家に成りつつあったといえる。
男は思った。官僚の代わりは幾らでもいる。なにしろ相手は、選挙という試練を経ないから付き合いは結構長くなるし、後輩は毎年のように入省してくる。そこで、取り持ってやる企業の接待は活かされる。優秀だというお世辞と接待で、どんどん愚かになっていってくれる。そして、自分も潤っていくのである。
官僚から見ると今の政治家は、何も知らない無能な連中としか目に映らなかった。官僚が得をするためには「いかに政治家を愚かにすることかに懸かっているよ」ということだった。「政治家を愚かにするのは簡単なことなんだよ」と別の役人が言った。
「国民を愚かにすればいいんだ」
「賢い大衆は、必要ないのだよ。我々がいればそれでいいんだよ」
「だから、日本は平和を維持していけるんだ」
「国民は、我々をもっと尊敬し、感謝して貰いたいもんだな」
畜生界の生命の論理である。このような権力者のもとで社会は、自滅の流転を転がる弱肉強食の世界となる。ゆえに愚かなるを畜生という。そして官僚は、自滅の流転を彷徨うことになる。自らが自滅の坂を転げ落ちていることも知らずに。
権力者は、常に、修羅と畜生の二つの心を本能的に持っている。権力者の孤独とは、自身の栄誉栄達を邪魔する力への脅えでもある。この力に対する恐怖心は、不安と嫉妬と不信を育む。自己保身のために繰り広げる弱肉強食と権謀術数の戦いに全勢力を注ぐ人生でもあった。それでも表面的には、常に大義名分の旗を掲げることを忘れない。
権力の魔性は、人間の心を住処として活躍する。国家権力は自己保身の安住を求めて、修羅の戦を繰り広げながら、弱肉強食の自滅の坂を転がり落ちていく。
男と役人が、ある料亭で飲んでいた。二人の対話が続いている。話の内容は、女の話から始まった。勿論、女にプレゼントする原石を加工した翡翠の指輪も用意してあった。女の話が、一区切りすると次に
「国民を愚かにするにはどうしたらいいのか」が話題になった。
薄ら笑いを浮かべながら
「国民を何でも欲しがる子供のようにすることだと思う」
「そのために先生ならどうしたらいいと思いますか」
「そうだな、てっとり早いのは、マスコミを利用するかだろう」
「その通りですね」
「マスコミの言う事は、本当だ、真実だと思い込みますからね」
「ああ。どんな三流週刊誌でもな」
「国民は、自分の意見を持つ必要はないからな」
「マスコミで、平和な国、幸せな国民であることを繰り返し叫ぶだけでいいんですよ」
「平和意識と、何時も何かを欲しがるように仕向けることの二点だな」
「欲望の中に浸らせることによって、政治意識が低くなっていく」
「勿論、ある程度は、その欲望も満たしてやらねばなるまい」
「当然ですね。それは」
「もっともそれは、我々の仕事ではなく、政治家である先生のお役目でしょう」
「判っとるよ。賢明な国民は、我々にとって邪魔な存在となるだけだ」と吐き捨てるように言うと、全員が一斉に大笑いしながら杯を口に運んだ。
権力者は、評論家の発言には眉をひそめるものだ。権力者は常に自分の発言には、異常なほど自信を持っている。何も行動しないで口先だけの評論家に何が分かるかとの思いが付きまとう。評論と評論家とは違う。物事の善し悪しを評価して大衆に示してくれるのが評論家の役目である。国民大衆は、直接に国の運営や物事にタッチしていないに関わらず、直接的にも間接的にも影響をモロに受ける。国民にとって評論家の助けが必要な場合もある。オピニオンリーダーとしての役割である。
如何なる組織であっても運営上の決定に対する評論は、必要である。評論を否定する組織は独善に走り易くなる。しかし評論家という職業人は、その資質を問わなくてはならないだろう。権力に組する評論家は、国民の敵となるからだ。判断と行動は国民自身の決断によってなされるのである。そのためにも『賢き民衆』の存在が国の未来を決定する。元来、評論家は、この賢き民衆を育てることに使命を感じなくてはいけないのである。
この二三年、日本は経済不況と相次ぐ天災に見舞われて瀕死の状態であった。修羅と畜生が暗躍する絶望的で未来の見えにくい様相を呈していた。さらに頭の毛をそった餓鬼までが大きな顔をしてのさばっていた。精神の荒れ方は一通りではなかった。このような世相をよいことにしてマスコミという金の亡者が甘言令色を弄する。
バブル景気は、狂った政治と世相の現れであり、権力者の意図的な陰謀そのものの結果であった。銀行の倒産、失業率の上昇、貸し渋り、オウム事件、保険金殺人、未成年の凶悪犯罪、性的事件の低年齢化、年金制度の改悪、医療費の値上げ、消費税率のアップ、所得税の改悪等、政治的無能状態が続く。官僚の腐敗は、目を覆うばかりである。大蔵省を初めとして、防衛庁、通産省、厚生省、外務省、環境庁さらに警察庁と数え上げれば切りがない。
日本中が、羅生門の内に納まってしまった様相であった。弱肉強食の世界では、弱いものは常に餌食となる。強者もまた強者によって餌食となる。そして歴史は、生き残ったものが書き換える権利を持つ。歴史は常に勝者の歴史であり、敗者の歴史は消える。
日本発の世界恐慌が起きる時を迎えたといえる。日本の歴史に起きているエルニーニョ現象。温床の温もりに安住した後に、日本国民が何処に向かうのか誰も知らない。国民は眼を瞑り、窓の外は暗黒の帳が、静かに覆い始めていた。羅生門は、今は、もう誰にも見えていない。
男は、今日も老政治家の事務所に来ていた。八十歳を優に越しているが、まだ現役で活躍する老人であった。初めて会った日のことは、いまも鮮明に覚えていた。妖怪と悪鬼の出会いともいえた。自分を一人前の政治家にしてくれたという思いが強かった。
二十年間の国民への奉仕をやめることにした。自分もそれなりに、名を残した政治家になったと考え深げに振り返った。政治家を引退することにした。政治家は、選挙に落ちたら只の人という。しかし、現実は違う。政治家をやめても利権や弱みを握りあって繋がっていれば、只の人ではないことを骨の髄まで染みわたるように、覚知していた。尊敬する老人に挨拶に来たのは、その為であった。
- 完 -