官僚物語

官僚物語 エリートという孤独な群衆
官僚物語(1)
 昔の日本には、昭和とか平成と元号のついた時代があった。確か平成の初めころの話であると思う。村山富市という社会党出身の総理大臣がいた時代であった。「自由主義と社会主義の政党が、主義を乗り越えて」と言えば聞こえがいいが、要するに思想の乱れの極みに過ぎない。信念の挫折の総括もせずに連立したハレンチ行為とその象徴としての総理大臣なのである。自社さ連立内閣という異常な内閣は、五十五年体制の崩壊とともに「何でもあり」の世相の象徴にも思われた。しかしこの五十五年に生まれた国家公務員の身分制度は、大蔵省のカースト制とともに生き残っていたのである。身分制度とはキャリア・ノンキャリアの区別であり、カースト制とは、他省より細分化された大蔵省の人事体制である。本省、国税本庁、財務局、国税局、税関と別れ、このどこから天下るかによってその天下り先まで決まってしまうのである。
 大蔵省は「省庁のなかの省庁」と言われるくらい絶大な権力を持っていた。なぜかというと、人事と予算と給与に深く係わっていたからである。もっともノンキャリアの人事は大臣官房の地方課であってこれはなんの影響もない。キャリアの採用から配属枠を決定する秘書課の課長は、大蔵の指定席となっている。また、人事院の給与局給与課の課長のポストも同様であった。ここでは、指定職を何人配置するかを決めている。当然、指定職になれば、時間外手当てから退職金の額まで何倍、ときには三倍近い差か生じてくる。したがって、皆、指定職に成りたがる。また予算面でも様々な特権を生かして、あちこちの省庁に顔を突っ込んでくる。公取委を主導して通産をコントロールしたりもできたりする。選挙という試練を経ることなく、退職するまで持ち続けられる「権力」と、その特権に寄り添うように享受する人間たちが作り上げた虚構の社会のなかで、「権力」は必ず「金」になる練金術の必要充分な素材であった。2007.11.23


官僚物語(2)
 その省で仕事をしていた某というキャリアの役人がいた。某が官僚になったのは、京都大学の法学部の学生であった時に起きたある出来事が、理由でなく原因であった。官僚になることが、自分の夢や希望を叶える唯一の道であると確信した。キャリアだけでなく、箔をつけるためには、司法試験に合格するのことは必須条件であった。たんなる飾りに過ぎないが、現役で合格したのである。国家公務員一種も合格し希望通り大蔵省に入省することが出来た。ところが頭脳の優秀さに反比例して、性格の悪さが傲慢さと卑しい根性となって、態度にも顔にも表出していた。歩く姿はせわしなく周囲の人間を落ちつかなくさせる。某とは、岡山の産で、名前は山村友太郎といった。知人は皆な略称で「山さん」とか「友さん」と呼んでいた。背が低い上に、学生時代から始まっていた頭髪の減りぐわいが、一段と進んでいた。
 そういえば、山村が何故、官僚に成りたかったのか話していなかった。実は、女に振られた事がその理由なのである。理由といったが、原因と言った方が適切だろう。そういえば彼の行動は常に、理由より原因といった方が当てはまっている。ゼミに招待した大学の先輩で官僚になっている男がいた。講義が終わってゼミ仲間と共にコンパを開いた。その席で、大分酔いのまわったゼミ仲間の男が「先輩、実は友の奴、振られたばかりなんですよ」と余計な事をバラした。
 「その女に薄くなった頭を叩かれて、頭にきて女を殴っちゃったですよ」2007.11.24


官僚物語(3)
 「そんなことがあったのか」
 「それだけじゃないんですよ」
 「もう、よせよ。そんな話は」と山村。
 「その後、女が警察に暴行を受けたと届けちゃったんですよ」
 「警察で散々絞られて、結局、謝って治療代を支払う羽目になったという話しです」
 仲間の視線が、自分に向けられているのが、痛いほどであった。また、皆の嘲笑が耳に痛かった。先輩の役人も鷹揚に構えながら、笑いを抑えていた。
その役人が「山村、お前でも官僚になれば、女にもてるようになるぞ」と言った。酒の席とはいえ、触れて欲しくなかった話である。しかも、皆で酒の肴にされたのである。あの女の他に、ここに居る全員に対し、復讐をしてやると心に誓った。
何事にも根に持つ性格であった。と同時に、俺は必ず官僚になってやると心に誓った。学生時代は、成績がいいだけでは見向きもされない。外見が冴えない上に傲慢で、負けず嫌いだったから、注目どころか無視されてきた。
卑屈な精神は、学生時代にますます増幅され、その容量は増える一方となる。人間の「器」は、決して容量など決まっていない。歳とともに、誰でも大きくなっていく。問題なのは、その「器」に何を入れて満たすかであろう。

 役人になっても山村は、先輩や同僚から「山さん」または「友さん」という略称名で呼ばれていた。大蔵省に入省しただけで、まだ、新人の山村のところにも企業の担当者は、挨拶にきた。それだけでなく、接待までしてくれた。大学の先輩の言う通りだと思った。この調子なら、女にももてるようになるかも知れないと思うと嬉しくなって、官僚になって本当に良かったと思った。今後の自分の人生に明るい希望を感じたのである。2007.11.25


官僚物語(4)
 山村の同僚に、ノンキャリアの役人がいた。背は高からず低から
ず、頬がこけ、顎は極端に細く、唇は殆ど見えないくらいに薄かった。真面目で、地味ではあったが、決して目立たない存在ではない。むしろ逆に目立つ方だった。
しかしそれは、あまりいい意味ではない。何故かというと、声がか細い上に、見た目の弱々しさは、苛めの対象として恰好の存在として目立つのである。まるで、そこにしか存在の価値を認めてもらっていないかのように周囲から評価されていたのである。日本という国は、出る杭だけでなく、出ない杭もまた打たれるのである。
 山村も始めは、評判以外の理由も無く、この男を軽蔑していた。それが自分に安らぎを与えることを実感していたのである。ただ、こんな男が、何故、大蔵省の役人の中にいるのかが不思議だった。  血色が悪く、覇気が無く、撫で肩なので余計に情け無く見える。
山村は<この男は一生、あの有名な芋粥を食べる事はないだろう>と思った。自分が偉くなっても、まだこの男が大蔵省に在籍していたら、一度くらいはお供をさせてやろうかと考えていた。
優しさからではない。蔑むことが出来る人間が傍にいることは、精神衛生上、極めて健康的だと思っていたからである。男の名前は、矢島隆之といった。2007.11.26


官僚物語(5)
 ある日、山村が国会議員に呼ばれて会いに行った帰りの事である。少々、不機嫌であった山村が、日比谷公園を通って大蔵省に戻る途中、前から肩を落としながら歩いて来る矢島と会った。不快な気分で何度も頭を下げてきた。パーティ券を企業に分担させる役目を押しつけられた。大蔵省では、このような場合のために、分担する企業のリストを常に用意してあった。したがって、分担作業自体は、たいした負担ではなかった。頭の悪い無能の議員でも国会議員である。しかも、官僚として政治家を敵には出来ない。互いに利用し合うようになっているのが、霞が関の常識である。
 そんな時、矢島の姿を見つけたのである。山村は、突然、胸を反らして立ち止まった。急に自分が偉くなったような爽快な思いが沸き上がって来るのを感じた。矢島が目の前に来るまで、そのままの姿勢で立っていた。
 「おい、矢島。何処に行くんだ」と俯いて歩いてきた矢島にいきなり声をかけた。
びっくりした表情を見せて顔を上げた矢島は、眩しそうに顔を顰めながら、背の低い山村を見下ろした。高慢な口許に、曲がった微笑を浮かべながら、大してない背中を反らす分、腹を幾分突き出した恰好で山村が立っていた。
 「ちょっと、そこまで」と曖昧な、くぐもったような小声で応えながら、山村を避けるように脇を通り過ぎようとした。
 「矢島。今度、俺に付いて来ないか。芋粥を食わしてやるから」と矢島の背中に向かって言った。
すると、立ち止まった矢島は、顔だけ山村に向けると「いいえ、結構ですよ。あまり美味しくないから」と言って立ち去った。
2007.11.27


官僚物語(6)
  山村は、かなりのショックを受けていた。
 <俺さえ食ったことのない、有名な「芋粥」を彼奴は食ったことが有ると言うのか。そんな筈がない。彼奴のことだから、何かと聞き違ったのだろう>と自分に言い聞かせた。
 山村は、先輩幹部の話に出てきた、ある料亭のある料理が気になって仕方がなかった。東京・築地にあるその料亭は格式のある店で有名だった。周辺にも政治家や経済界の大物がよく利用する料亭が点在している。ある料亭では、懐石料理の最後に茶漬けではなく、芋粥を出していた。この粥が客の間で評判になった。
 <いつか俺も、その芋粥を食ってやる>と思っていた。
 <飽きる程食ってやろう>と考えていた矢先のことだった。

 その矢島隆之が自殺した。原因は不明だが、かなり精神的に疲れていたらしい。国会の会期中であった。大臣の国会答弁の原稿は、極秘に行われるが、矢島はその手伝いをさせられて、ほとんど缶詰状態であった。近くのホテルから通っていた。語尾の「てにおは」の一字にもっとも神経を使う。一字の違いで、かなり罵倒され、怒鳴られ、恥を書かされてきた。五日目の朝方の午前四時ごろにやっと校了し、決裁がおりた。矢島は、その原稿を五部コピーすると役目が終わる。同僚に渡したのち矢島は、エレベーターで最上階に向かった。そんな矢島の行動に気を回す人間など一人もいなかった。矢島は、中庭に面した窓を開け深呼吸をすると、しばらく明け方の霞が関の空を見上げていた。仕事をやりおえた充実感があった。ハードなスケジュールではあったが、さほどの疲れはなかった。そして、独り言をつぶやきながら、窓の桟に足をかけた。2007.11.28


官僚物語(7)
 山村は同僚からの電話で矢島の自殺を知らされたが、特別の感情は湧いてこなかった。
 「あっ、そう」と気のない返事をすると、電話を切った。
 電話を掛けたときも絶対に自分の名前を名乗らずにいきなり用件に入る。自分よりも後輩や成績の悪い相手には横柄な態度で接していた。山村を知っている誰がみても、生まれた時から変わらない性格を、今日まで、執念を持って保ち続けて来たのだということを信じて疑う者はいなかった。官僚になる前から、また、官僚なってさらに山村は、日本人の国民性が「孤独な群衆」そのものであると思っていた。日本人は、自分の意見を持たない民族であり、日常的に周囲の目と動きに合わす風習があった。したがって、どんなに悪質な政治家であっても地元というだけで当選した。また、一度くらい間違って逮捕されても、次の選挙に勝つことができる。政治家が二流なのは、国民の政治意識が三流だからであると考えていた。自分たち官僚は、その政治家を動かす一流の人間集団であると自負していた。一流意識は、一切の不正を不正と感じない程、傲慢な人間を造る。何をしても国民のため、日本のためという大義名分が生かされる。山村が女遊びをするのも日本のためであった。「孤独な群衆」である日本国民には、権力者である我々が、方向を示してあげなくては何も出来ないと思っていた。彼にとって「賢き民衆」は邪魔なだけであり、幸いなことに一人もいないと思い込んでいた。
2007.11.29


官僚物語(8)
 接待されて飲みに行く日以外は、若手の官僚や天上がりの銀行マンを巻き込んで賭マージャンをやっていた。若手の優秀な男を自分の手駒に使うために始めたマージャンであった。 <金で飼い馴らせない男などいない。いずれは俺の手足になって役にたってもらう>と本気で考えていた。金の無い奴に、わざと負けて小遣いをやった。その中の一人に笹川幸治というキャリヤの男がいた。笹川は、北海道大学を卒業すると国家一種に合格し、大蔵省に入省した。
 男と女の別れ話は、当事者間の二人が話し合って成立するものである。前日の夜、田坂恵子が住んでいる向島のアパートに笹川から電話が入った。翌日の一時少し前に指定された応接室に着くと、笹川幸治はすでに待機していた。しかし、笹川だけでなく上司の山村となぜか笹川の後輩の大貫、さらに恵子の上司の相馬までが同席していた。一瞬、躊躇した。なぜ、この人達が笹川と一緒にいるのか理解できなかった。プライベートな問題であった。笹川が何故、省内の応接室を指定したのか判ったような気がした。
 傲慢な山村は、自分の部下の不祥事を避けたいだけであることが、その口調と態度に滲み出ていた。しかも、女性をバカにしているところがあって、恵子にとって嫌いなタイプの人間だった。相馬もまた小心の男であった。つまらない男達と男社会にうんざりした。
 大学を卒業し、墨田区向島に一人住まいであった田坂恵子が、職場の同僚の笹川幸治に惹かれていた。東大出の多い省内にあって北大出身の彼は、やはり異質に見えた。それだけに親近感を感じていたのである。彼女は、仕事もテキパキとこなす有能な女性であった。笹川はスタイルも良く、美人の彼女に惹かれていった。2007.11.30


官僚物語(9)
 笹川には四才になる男の子がいた。一年目の夏に二人は、男と女の関係になった。秘められた不倫関係は、その後、数年間、誰にも気ずかれずに深みに嵌まっていった。二人の不適切な関係が発覚し、彼女だけが職場を移動させられたのは、二年後のことであった。それでも彼女のアパートに笹川は、週に二日は通っていた。職場の中では殆ど公然の秘密になっていた。清算した方がいいとは思っていたが、誰も、口に出すものはいなかった。関わりを持つことへの危機意識が、官僚意識とともに蔓延していたといえる。
 離婚しても一緒になると言った男の言葉を信じた。笹川の話では、三人目の子供を生んだ後、病気がちの女房であった。夫の性格に、結婚当初から馴染めなかった妻の態度に釈然としないものを感じていた。内心、夫に対して不満を持っていた妻に見切りを付けたかったという。
 田坂恵子との不倫を続けながらも、妻に子供を生ませていたが「たまには、女房を抱かないとヒステリーになるから」という笹川の弁解を信じていたのである。恵子は、笹川の妻にFAXで嫌がらせをしたこともあった。
 「早く離婚してほしい」という内容のFAXであった。また、無言電話や笹川の妻の名前を使ってテレフォン・セックスのメンバー登録までしていた。犯罪とはいえ、このままならプライベートの問題であって、周囲の人間が余計な口を挟む必要はない。しかし田坂恵子の自殺未遂を図ったとき、近隣に挨拶して回ったのが笹川であった。この自殺未遂と電話を使った犯罪が、大蔵省の関係者によって行われていたことをマスコミに嗅ぎつけられたのである。2007.12.1


官僚物語(10)
 応接室は、異様な雰囲気に包まれていた。全ての原因を女に押しつけようとする態度に田坂恵子の我慢の忍耐は切れたと言ってよいだろう。精神不安と情緒不安は、頂点に達していたといえる。包丁を忍ばせて出向き、覚悟していたとはいえ、男の誠意に一縷の望みを懸ける女心を誰が非難できるだろうか。
 三十分が過ぎたころ、事件は突然起きた。笹川の左隣に座っていた恵子が、ハンドバックに隠し持ってきた包丁を取り出すと、隣に座っていた笹川の左脇腹に突きたてた。
昨日の夜の電話を切ったときから考えていた。
<彼と死のう>
 車の中で話し合い<一緒に死んで欲しい>と頼もう。
<もし彼が拒むようなら、最後は彼を刺して、車に火を点けて私も死のう>と決めた。岡山県に住む両親の顔が思い浮かんできた。楽しい思い出が走馬灯のように思い浮かんでは消えた。笹川との出会い。交際と不倫が発覚したときの上司の顔が思い浮かんだ。人事部の末次や秋岡の冷やかなで、好奇の視線が忘れられない。
 山村の慌てようは尋常ではなかった。小心を傲慢でくるんだ男は、突発の出来事に対応する能力にかける。応接を飛び出すと、ついてきた部下にすぐ救急車を呼べと怒鳴った。慌てて119に電話すると、消防署員の問い掛けに、友人が刃物で刺されたのですぐ来てほしいと言った。この時も、友人が自殺未遂か、怪我だと言っておけば、パトカーが直ぐに来ることはなかったのである。「刺された」という通報を受けた消防署は、直ちに事件として所轄署に連絡した。救急車とパトカーが、大蔵省の裏門に向かった。そんな事態になっていることに気がついてない山村は、自分が同席していたことを隠そうとした。始めから二人だけで話あっていたことにしようとなった。2007.12.03


官僚物語(11)
 脇腹を刺された笹川の痛がる姿を見ながら、情けなくなってきた。興奮状態から虚脱状態を過ぎると幾分落ち着きを取り戻していたが、死ぬ積もりであった自分が、苦しんでいる笹川の哀れな姿に死ぬ気が無くなっていた。パトカーで駆けつけた警官にその場で緊急逮捕された。
 大貫が事情聴取を受けることになった。山村と相馬は、電話で呼ばれて席を外していたことにした。大貫は、その山村達を呼びに応接室を出て二人だけにした時に、事件が起きたと述べた。官僚の不倫とはいえ、職場の幹部が別れさせようと説得することにも、種々の問題が含まれているのである。個人と組織の論理が、社会の常識とかけ離れていくこともしばしば起きる。ましておや、男がキャリアであり、将来を嘱望されるエリートであれば、男の罪を減じても女を処分をしようとするのは、組織防衛本能なのかも知れない。
 翌日の新聞には、ノイローゼの女性が、別れ話の拗れから凶行に及んだと報じただけであった。彼女が無理心中を計った証拠として、地下の駐車場に止めてあった彼女の車を押収すると、車内に灯油缶が二缶発見されたからである。笹川は退院すると同時に退省し、故郷に帰った。山村にとっては、笹川が入院すると同時に、笹川のことは頭のなかから消失していた。不必要になった人間の失脚にすぎなかった。2007.12.04


官僚物語(12)
 マンション・マージャンで、大負けした男が支払いを拒否して、賭けマージャンのことを警察に通報したのである。この男は通称「天上がり人事」で大蔵省に出向してきた都銀のエリート社員であった。
 この頃は麻雀の掛け金も上限を定めてやっていた。そんな時代に、山村は上限なしの青空天井でやったり、リーチ一発やカンして出た目の全てに裏ドラをつけたり、上がりの計算をし易くするためのご祝儀にリャンハンづけにして満貫を増やすなどのルールの改定をした。通称、山友ルールと呼ばれていたが、このルールは、勝てば大きいが負ければ負債も大きくなる。このインフレ・ルールに慣れていないと、高額な金が動くだけでビビッてしまう者もいる。官僚達は、少ない小遣いしか女房からもらっていないので、山友ルールではとてもやれない。そこで「天上がり」が狙われるのである。
 「天上がり」は、銀行では超エリートではあるが、大蔵省に在籍中は一職員である。一旦銀行を退職し、大蔵大臣から辞令をもらう準国家公務員でもある。ところがこの「天上がり」にも二種類あって、銀行に籍を置いたまま出向するアルバイト組がいる。この方は、大臣官房調査企画課に配属されてこき使われる。アルバイト組は、大蔵省から支払われるバイト料は、銀行の経理に収めてしまい、別に通常の給料が銀行から支払われているから、普通のサラリーマンより高給である。
 警察に通報した男は、後者であるが、どちらにしても天上がったエリートであった。天上がり期間はおよそ二年間が普通である。二年後、銀行に戻ると行内の超エリート・コースを歩むことになる。銀行のほうも接待麻雀の費用は必要経費であり、報賞費という科目名の機密費である。それなのになぜ、警察に密告するような真似をしたのだろうか。2007.12.05


官僚物語(13)
 山村にとっては、天上がりの個人感情などどうでもよかった。そんなことより自分の経歴に疵がつくという事態はもっての他であった。将来、天下ってからの優雅な人生を棒に振ることなど出来ない。ある政治家に事件のもみ消しを頼み込んだ。金など賭けていない。図書券を満貫賞として出して遊んでいただけだと言い張った。たかがマージャン賭博であると思っている。もっと社会的に問題にされるようなことでも、キャリヤ同士で庇いあってきたのが、大蔵省の伝統であった。
 その翌年の初出勤の日から、彼は前にも増して仕事に没頭した。三十二才になった山村は、上司の紹介の女性と結婚することになった。上司が「山村、早く結婚したほうがいいな。誰か付き合っている女性はいるのか」と聞いてきた。「いません。どなたかご紹介して頂けたら、嬉しいんですが。宜しくお願いします」と、膝の上に置いた部長の鞄に、額を擦り付けるように頭を下げた。結婚する女は、自分の出世のための道具としか思っていなかった。好みのタイプなど細かく聞かれた山村は、上司が自分のことを気に留めてくれていると思うと嬉しくなった。期待してくれているとも思った。
 出世することだけを視野に入れた結婚をした。政治家の次女で二十八才の女であった。平凡な顔だちのうえに強度の近眼であった。山村は眼鏡をかけた女が嫌いだった。しかし、利用価値は大いにあった。彼女にしても自分を飾るステータスとしては申し分はなかった。好みの男性からは程遠いいが、そんなことは他でいくらでも補うことができると考えていた。2007.12.06


官僚物語(14)
二人は結婚するとすぐ、千代田区内にある関東財務局の住宅に入居した。周辺のオフィスビルに比べれば地味な灰色のビルであるが、七階建てで十四世帯しか入っていない。同規模のマンションならワンフロアーで四から五室はあるだろう。建物が地味で目立たないうえ、実態は不明な部分があった。要するになんの為にあるのか判らない空き室が結構あった。官舎を二戸目の住宅として借りているものもいた。いろんな理由を作って借りるのだが、この裁量も大蔵の理財局次第なのである。すべてが都心の一等地にあり家賃も破格に安い。政治家の娘が、父親にマンションをねだらなかったのは理由があった。
 「正子。麻布にマンションを買ってやろう」
 結婚が決まったとき父親からそう言われたが、正子は断った。理由を問われて「私は、山内一豊の妻になりたい」と答えた。マンションの代わりに現金を父親に希望したのである。
 大蔵省の官舎の生活は意外と地味であった。給料も世間が考えている程高くない。仕事は忙しく深夜になることが多い。時には朝方になることもしばしばあった。もっともこの地域は住民が少なく、誰が何時頃帰ってきても気にするような住民はいない。したがって度々の朝帰りも近所で話題になるようなことは起きない。他省では年間のタクシー代の上限が設定されているが、大蔵は無制限である。もっとも筆頭課長以上になれば、公用車が与えられるのである。
 「大蔵省のエリート官僚でも給料は安いのね」
 「給料が安くても名誉と誇りと将来の天下れる特権があるんだよ。財団や企業に天下れれば、たいして仕事しなくても高給を貰えるし、退職金もかなり貰えるんだ。それで何社か回ることができるから、そこいらのサラリーマンなんかとは比較にならないくらいの生涯賃金になるんだよ」2007.12.07


官僚物語(15)
 「そのために、事務次官か、せめて局長にならないといけないんだ。それまで忍耐、忍耐か」と苦労しらずで能天気な女房に「ああ」と応えながら山村は、<そんな簡単に次官や局長になんてなれるかよ。それに、それまでお前と夫婦でいるかどうかな>と心の中で呟いた。結婚した翌年に、義理の父親の影響もあって念願の主計局総務課課長補佐となった。ライバル達もまた、主計局のポジションを得ていた。その中の一人に通称『トリプルA』の男がいた。『トリプルA』とは、東大法学部を首席、一種試験をトップ、それに司法試験に合格した者を指す。当然、同期の事務次官候補ナンバー・ワンである。いずれこの男を蹴落とさない限り事務次官にはなれない。

 そんな山村の職場で、盗難事件が起きたことがあった。職場の長であった山村は、国会の開会前日でもあり、その準備に忙しい日々をおくっていた。その矢先の盗難事件であった。まず、考えたことは、次官の耳に入れてはいけないということであった。次官の信任が厚いことをいいことにして、傲慢な生きかたは助長されていた。自分の汚名とも、失点とも成りかねない。問題が大きくなることを避けることは、自分のためでもあった。
犯人探しを始めた。そして一人の女性省員に目をつけた。母子家庭で、おとなしい地味な彼女を応接室に呼ぶと、遠回しに詰問を始めた。始めは何のことか分からずにいた彼女も、自分が盗難事件の犯人にされそうに成っていることに気づいた。2007.12.09


官僚物語(16)
純真で一途な彼女の心は、激しく動揺し強いショックを受けた。目に涙が溢れてきた。これが日本を動かす官僚の態度なのか。確かに我が家は貧しかったが、同僚のお金を盗むことなど死んでもする訳がない。早く白状しろといった口調と態度が、この若いエリート幹部の口をついて、刃物のように突き刺さってくる。なんと無慈悲な男であろう。彼女は、悔しさと情けなさに目の前が真っ暗になっていた。山村の顔を直視しながら彼女は、絶対に目を逸らしてはいけないと思った。涙で霞む目を一杯に開きながら必死で耐えた。後日、犯人は発覚するが、山村は、彼女に一言のお詫びもしなかったのである。こんな男でも、その後どんどん出世していくのが不思議であった。
 山村は入省すると銀行局特別金融課に配属された。同じ入省年度で二人の事務次官が出ることはないから、同期のすべてが強力なライバルとなる。翌年には大臣官房調査査察部に移動になり、その翌年、仙台国税局を経て入省五年目で彦根税務署に署長として赴任した。歴代の署長から事務次官が輩出している名門である。これまで省内の雑用で忙殺されていたのが、突然に一国一城の主になる。しかも実務はやらなくて済むし、他の事もすべてにわたって世話をしてくれるのである。市長に次ぐ名士として接待の受けっぱしの生活となる。すっかり大蔵官僚になった特権を満喫した山村は一年で本省に戻ると大臣官房秘書課課長補佐となっていた。2007.12.10


官僚物語(17)
 出世と金と女への欲望だけは小さな肉体に反比例するように大きく膨らんでいった。 『トリプルA』の男のスキャンダルをでっち上げるために、告発の手紙を大手の出版社に送った。『ある国民からの手紙』と題する投書であった。投書は予想以上の反応であった。マスコミの動向を楽しむ一方、業者の接待を熱心に享受した。ノーパン・しゃぶしゃぶという新宿にある店にも何回か行った。性欲と食欲を同時に満たす恰好の接待場として利用されていた。いろんな女も抱かせてもらっていた。大蔵省の役人は、性的能力が消耗するほど忙しく、人間関係にストレスが溜まってしまうから、際どいSEX産業に足を向けてしまうのだと考えるのは、好意的な見方である。
 大蔵官僚というだけでちやほやされ、甘やかされてきた。度々行う外遊や官官接待を受けるための出張旅行。そして最終的には各種の大蔵省専管の財団法人や癒着した企業という天下り先が用意されている彼らのようなエリートにとって、減点されないようにすることと、特権を利用して楽しむことに神経を使っているだけであった。

 ある年の暮れ、確か十二月二十七日の仕事納めの前日であったと思う。退省間際に上司から声を懸けられた。
 「明日の夜は体を空けておいてくれ。業者の接待で料亭に行く。君も付いてくるように」と言って、料亭の名前を教えてくれた。山村は、先輩のお供で噂の料亭に行けることになった。いよいよ俺も、一流の官僚の仲間入りが出来ると思うと、思わず両の拳を握りしめた。


官僚物語(18)
 東大出のこの上司は、大柄な体つきを豪快に揺すりながら 「思い出すと笑わずにはいられない」と言った。先輩の話は、自殺した矢島に芋粥を食べさせた時の話であった。
 山村は「彼奴は本当に芋粥を食っていたのか」と思うと無念でしかたなかった。自殺した同僚、後輩を笑いの種にするような感覚の持ち主達であった。哀悼の情が湧くのも一瞬だけである。敗残者は、勝者の歴史から消えていくだけである。ましておや、ライバル視していた相手でもない場合は、路傍の石となる。歴史は常に勝者によって都合よく塗り替えながら記録されていく。山村にとっては、自分よりも先にあの芋粥を食っていたことへの嫉妬心が、死んだ相手にも湧いてくるといった精神構造をしていたのである。
 先輩の話は、おおよそ次のような顛末であったらしい。噂通り最後に出てきた時は、胸がドキドキしていたらしい。そして緊張のあまり、箸と碗を持つ手が震えていたと言う。矢島はひと口、口の中に流し込んだ。不審そうに顔を歪めた。そんな筈がないといった風情だったという。一流の料亭で出す料理が、不味い筈はない。不味いと言うことは、自分の味音痴を公表するようなものであった。ましておや矢島にとっても、憧れの「芋粥」であったのだ。そこで、一代決意をして無理やり飲み込んだ。まだ碗の中には、かなり残っていた。業者の接待とはいえ、口にしたものを残すのは失礼であると思ったのだろう。思い切ってふた口めを流し込んだ。途端に、口許を押さえて立ち上がると、急いでトイレに駆け込む為に部屋を飛び出していった。そんな矢島の様子を二人で眺めていた。矢島がトイレに行っている間、二人で大笑いしたという。そして矢島を残して二次会に行くために料亭を出た。


官僚物語(19)
 矢島がようやく落ち着いて、部屋に戻った時は、既に誰も居なかった。一人座敷に置き去りにされていた。山村は、先輩の話を聞き終えて、幾分溜飲を下げた。やっぱり矢島は二流、いや三流の役人の証として、あの一流の料理が口に合わなかったのだと確信した。
 明日は、多分、喉を潤す程度かも知れないが、いつかきっと、「芋粥に飽きる」くらい食ってやろうと夢想した。山村が官僚になってからの、当面の欲望になっていた。しかしそれは、彼の意識下において存在していた欲望であって、明白な自覚ではなかったと思われる。山村は、目が覚めたとたんに芋粥のことを思いだし、朝から浮き浮きした気持ちになっていた。
 大蔵省の古くなったビルの前で立ち止まって、改めて見上げて見ると権力の象徴に思えて勇気が湧いてきた。夜になるのが楽しみであった。ハイヤーの準備を早々に済ませると仕事は、適当にこなした。午後五時になると同時に、ハイヤーの到着を確認し、上司にその旨を伝えにいった。おもむろに頷いた上司は、自分の鞄を机の上に置くと静かに立ち上がった。山村は、その鞄を抱えるように持つと上司の後に従ってエレベーター・ホールに向かった。
 料亭に向かう車中で山村は、審議官から「お前はどんなタイプの女が好きなんだ」と聞かれて、芸能人の名前を口にした。
 ひと通りの懐石料理が終わり、宴も最後の仕上げの時になった。いよいよ噂の芋粥が食べられるのかと思うとワクワクする思いを抑えられなかった。期待を胸に膨らませながら待つこと十分くらいで、その芋粥は、仲居によって恭しく運ばれてきた。見た目は何の変哲もない芋粥である。添えてある梅干しのほうが美味しそうだった。幾分、緊張ぎみであった。一流の官僚の証をいままさに口にした。


官僚物語(20)
 しかし、あんなに憧れた料理が不味かったのである。こんな不味い料理が、なぜあんなに評判が良いのか理解できなかった。芋粥のなかに、何か変わった味のする何かが入っているのが判った。しかしそれが何なのか判らなかった。
 「審議官、変わった味ですけど、何が入ってるんですか」と聞くと、審議官の野坂はニヤニヤしながら真相を明かした。
 「精力剤の粉末が入っているんだよ。二次会のためにな」と答えた。
 大手銀行の役員の宮川は「山村さんには、必要なかったかな。二次会には、山村さんの好きなタイプの女がいる店にご案内させて頂きますよ」と言うと、二人は顔を見合わして大笑いした。

 昭和も終わり、時代は平成になった。あと数年で二十一世紀になろうとしている。世はまさに平成どころか終末の様相を呈している。政党も銀行も生き残るためには「何でもあり」だった。奉仕の精神のかけらもない官僚体質。官僚機構の腐蝕。賄賂、収賄のスキャンダルによる逮捕、辞職、自殺。日本経済の長い低迷、証券損失補填事件、PKO、株価操作、大和銀行事件、住専問題、不良債権問題、信金の倒産、証券会社の倒産、日債銀・長銀の倒産と相次いで大蔵省がらみの問題が続発した。


官僚物語(21)
 夫に愛人がいることは薄々勘づいていた。父親が懇意にしている探偵社に依頼すると、以外に簡単に愛人の名前と住所が判明した。傲慢な男だけに自分の身の回りのガードが甘い。愛人のマンションに乗り込んだ妻が、その部屋で、山村の下手な字で書かれた「告発の手紙」の元原稿を見つけたのである。散々愛人を罵ると原稿だけを持って外に出た。この告発は、マスコミでも話題になっていたから、手紙の冒頭の「ある国民からの手紙」というタイトルだけで閃くものがあった。明らかに夫の筆跡である。山村は例の告発の手紙を愛人に清書させてから投書したのだろう。
 政治家の父親に相談した。父親は、政治判断でこの問題と娘の問題を解決する一石二鳥のアイデアを思い浮かべた。山村の陰湿な投書によって窮地に立たされていた男を救って貸しを作ることにした。さらに娘は、離婚させることにした。娘婿より遙かに役に立つ優秀な官僚であった。いずれは次官になるだろう。
 「エリート官僚といっても、奴らは、日本人そのものだよ」
 「島国根性から抜けられないのね」
 「周りの顔色を気にしながら自己保身に全神経をすり減らしているような連中だ」
 「自主性も個性もない人の集まりって感じね。奥さん方もまったく同じなの。自尊心が強くて・・・。だから、とっても孤独で可哀相な人達よ」
 「そんな人間たちを、日本ではエリートと言うんだ」
 「その人達が作り上げた虚構の組織と社会の中に私たちは生きているのね・・・」

          - 完 -