三大秘法論序説

三大秘法論序説 序文

第一節 理法と事相の三秘(個人に帰する三大秘法)

寿量品の文底と種脱相対
三大秘法
本門の本尊
本門の題目と本門の戒壇
一閻浮提総与の大御本尊について

第二節 歴史上に具成する三秘(社会に帰する三大秘法)

広宣流布と三学について
修行の対境としての三秘(三大秘宝の現代的実践)
世界広宣流布について
創価学会設立の本懐と池田大作という人間について



三大秘法論序説


三大秘法論序説 序文

通常仏教では修行の規範に戒定慧の三学を建てる。この三学に、様々な経教を結び付けて宗旨を起こしているのである。日蓮は、この三学を三大秘法と名付けて、他の宗とは全く異なる法理を展開している。日蓮にとって三大秘法の建立は出世の本懐でもある。
日蓮仏法の根幹ともいうべき法体を南無妙法蓮華経という名で宝号を確定した。当然、釈迦の妙法蓮華経との違いが最大の焦点である。日蓮仏法と釈迦仏法との違いを明確にするために日蓮は、一切衆生の仏性を顕現させるための修行の規範を単なる三学ではなく独自の法華経解釈によって確定したのである。
法体の南無妙法蓮華経を一切衆生の仏性として顕現させるためには、釈迦仏教における修行規範では顕現させることが出来ないと確信していたのである。そして三大秘法を明示したのである。本門の本尊を具体的な修行の規範のために曼荼羅形式を採用して修行の対境としての曼荼羅の本尊を現したのである。したがって曼荼羅の本尊は、そのままでは本門の本尊とは異なり、相藐も特別の形式が決まっているわけではない。
このことを前提に日蓮仏教における三大秘法の位置づけ、意味付けを考え、検討してみたいと思う。まず三学の基本的意味合いを見てみようと思う。
仏道を修行する者が必ず修学しなければならない戒・定・慧の三つをいう。戒定慧の三学、略して戒定慧ともいう。一に戒律、二に禅定、三に智慧をいう。
戒とは禁戒のことで、身口意の三業の悪を止め非を防いで善を修することである。定とは禅定で、心を一所に定めて雑念を払い深く真理を思惟して安定した境地に立つことを指す。慧とは智慧で、真理を見究めることで、無明を破して悟りを得る働きを意味している。
戒・定・慧の三学はそれぞれ律・経・論の三蔵に説かれている。また三学相互の関係は、戒によって定をたすけ、定によって慧を発し、慧によって仏道を証得する順序性がある。
釈尊の仏法のうち小乗教の三学は、一代聖教大意に「三蔵とは一には経蔵亦云定蔵二には律蔵亦云戒蔵三には論蔵亦云慧蔵なり但し経律論の定戒慧・戒定慧・慧定戒と云う事あるなり」と戒定慧の三転が示されている。
三蔵、小乗教の戒については、ここでは詳しく述べない。読者が自分で調べて欲しい。この戒定慧の三学の勝劣の関係についても結局、小乗教においては三学のうち戒律を守ることが主体となっている。
大乗教の戒定慧の三学は、通教、別教、円教それぞれで三学の内容は異なるが、小乗教の蔵教の場合と違って、三学が融通して説かれている。
通教の三学は、戒定慧が別々の経に説かれ、別教の三学は、戒は、菩薩戒(三聚浄戒)、定は、観・練・熏・修の四種の禅定、慧は、心生十界の法門が説かれ、円教の三学は、法華円頓の戒、円定、円慧が説かれる。
通教で説かれる三学は、ある経には戒を、ある経には定を、ある経には慧をというように、三学が別々に説かれている。一代聖教大意には「次に通教とは大乗の始なり又戒定慧の三学あり」と言われている。
別教の戒である菩薩戒とは、三聚浄戒である。これは、三種の大乗菩薩戒で、大乗の菩薩が受持すべき戒であり、大乗戒ともいう。梵網経、瓔珞経等には大乗独自のものとして摂律儀戒・摂善法戒・摂衆生戒(饒益有情戒と同義)の三種を説いている。
小乗教の戒が具体的な禁止事項であるのに対し、大乗教に説かれた戒は精進して衆生のために尽くす利他の実践修行を勧めるものが主となっている。
別教の三学についても一代聖教大意に詳しく述べられているので勉強してください。次に爾前の円(爾前経は、法華経に誘引するために説かれた方便の経ではあるが、凡夫が位の次第を経なくても、あるいは煩悩を断じなくても成仏すると説いている。華厳経、浄名経、般若経、梵網経など)にも、戒定慧の三学が説かれている。
一代聖教大意には「次に円教とは此の円教に二有り一には爾前の円・二には法華・涅槃の円なり、爾前の円に五十二位・又戒定慧あり」とある。
天台の法華文句巻四下に「戒に於いて欠漏有りとは、律儀に失有るを欠と名づけ、定共・道共に失有るを漏と名づく」とある。律儀戒とは、仏が律条儀則を設けて抑止した戒で、定共戒とは静慮戒とも釈し、三種戒の一つで修定の中に自然に防非止悪の徳がある戒で、よく色界・無色界に生まれる戒とされ、道共戒とは無漏律儀とも釈し、三種戒の一つで、修行の結果、見惑断の無漏見道の智慧に防非止悪の徳が自然に備わる戒である。
そして、戒も随方毘尼(随方とは地方地方に随うこと。毘尼とは律)となって、根本において仏法に違わない限り、その形式等はその国情や地方の風習、しきたりに準じていくべきであると説れている。
月水御書に「委細に経論を勘へ見るに仏法の中に随方毘尼と申す戒の法門は是に当れり、此の戒の心はいたう事かけざる事をば少少仏教にたがふとも其の国の風俗に違うべからざるよし仏一つの戒を説き給へり」と。
一念三千の法門を説き明かした天台は、一念三千の観念観法に戒定慧の三学がことごとく収められていると説き、伝教は天台法華宗学生式問答に「三学倶に伝うるを、名づけて妙法と曰う」と。
法華経では戒定慧の三学は妙法に具わり、伝教は三学一体の止観の一念三千こそ第一の妙戒であると理戒をとき、事戒は十重禁戒等を補助として用いた。
すなわち伝教の比叡山における迹門の戒壇においては、外相には梵網経、瓔珞経の戒を用い、法華経迹門を内証とする大乗戒を授けた。伝教は①法華経の一乗戒②衣座室の三軌戒③身口意誓願の四安楽行の戒④普賢経の四種の戒の四つをたてるが、所詮は法華経の一乗戒を主体とするのである。
末法今時では、四信五品抄に「問うて云く末代初心の行者何物をか制止するや、答えて曰く檀戒等の五度を制止して一向に南無妙法蓮華経と称せしむるを一念信解初随喜の気分と為すなり是れ則ち此の経の本意なり」と説かれ、末法で初心の者の仏道修行は布施、持戒等の五波羅蜜の修行を制止して、南無妙法蓮華経と唱えることが法華経の根本意であることを明かしている。
日蓮仏教における戒定慧の三学は、御義口伝に「第廿五建立御本尊等の事 御義口伝に云く此の本尊の依文とは如来秘密神通之力の文なり、戒定慧の三学は寿量品の事の三大秘法是れなり」と述べ、戒定慧の三学は三大秘法にあたると明かしている。
釈尊の仏法においては戒定慧の三学をもってその肝要としたが、日蓮仏法では、定は本尊、戒は戒壇、慧は題目となり、三大秘法となるのである。
日興の上行所伝三大秘法口訣に「一本門寿量の大戒 虚空不動戒 無作の円戒と名く 本門寿量の大戒壇と名く 一本門寿量の本尊 虚空不動定 本門無作の大定 本門無作の事の一念三千 一本門寿量の妙法蓮華経 虚空不動慧 自受用の本分と名く 無作の円慧」と述べ、末法今時の戒定慧の三学は本門の本尊、本門の戒壇、本門の題目の三大秘法であるとした。
故に末法の衆生の戒定慧の三学は三大秘法の御本尊を受持して信行に励むことであり、受持即観心につきるのであるとする。
他宗の三学は戒定慧それぞれが教法であるが、日蓮の三学は、南無妙法蓮華経と唱える日蓮ならびにその弟子がそのまま三学を備える一身の当体となるので、三学という教法を単に規範と定めているわけではない。日蓮の三学が、仏教の各宗派と大きく異なるのは、本門の本尊と本門の戒壇という法にある。この本尊と戒壇は教法というより事物事象という意味あいが強い法である。
実際に本門の本尊といっても曼荼羅の本尊だと思ってしまうし、その本尊を通常、ご本尊様と思いたくなるのである。そしてこのご本尊様を安置するところを本門の戒壇と考える。したがって一閻浮提総与の大御本尊が(この板本尊は日蓮の真筆ではないが、事の戒壇堂に安置する本尊としての必要・充分な要素が備わっている)ご本尊様の代表で本門の本尊だと思い込む。これらの現象は一般社会通念上やむを得ない形でもあるのだろう。
日蓮の三学は、本門の題目が唯一教法の印象を与えるが、その題目においても、仏の名ではなく経文の題号を唱えるという変わった唱題行なのである。保守的な社会状況にあってあまりにも革新的でありすぎたともいえる。
他宗だけでなく日蓮宗各派にあっても日蓮仏教の三大秘法を完全に理解できなかったといえる。したがって様々な疑問や批判が起きることになる。これらに対し日興や日寛は日蓮の御書を引用しながら論破していったのである。
四信五品抄に「問う末法に入って初心の行者必ず円の三学を具するや不や、答えて曰く此の義大事たる故に経文を勘え出して貴辺に送付す、所謂五品の初二三品には仏正しく戒定の二法を制止して一向に慧の一分に限る慧又堪ざれば信を以て慧に代え・信の一字を詮と為す、不信は一闡提謗法の因・信は慧の因・名字即の位なり」と。御本尊に対する信の一字をもって、智慧に代えて成仏できると示して末法における修行の肝心を説いていったのであるが、なかなか理解してもらえなかったのが真相である。。
三大秘法禀承事に「夫れ法華経の第七神力品に云く「要を以て之を言ば如来の一切の所有の法如来の一切の自在の神力如来の一切の秘要の蔵如来の一切の甚深の事皆此経に於て宣示顕説す」等云云、釈に云く「経中の要説の要四事に在り」等云云、問う所説の要言の法とは何物ぞや、答て云く夫れ釈尊初成道より四味三教乃至法華経の広開三顕一の席を立ちて略開近顕遠を説かせ給いし涌出品まで秘せさせ給いし実相証得の当初修行し給いし処の寿量品の本尊と戒壇と題目の五字なり、教主釈尊此の秘法をば三世に隠れ無き普賢文殊等にも譲り給はず況や其の以下をや」と。
 本尊と題目と戒壇の三つの重大な秘密の法を持って三大秘法と名付けたのである。なぜ秘密というかというと、仏教史上誰も弘通していない重要な法だからであると日蓮は言う。したがって日蓮仏教は、釈迦・天台・伝教の流れを汲みながらもまったく別の仏教であるので日蓮仏教あるいは日蓮仏法と言うのである。また日蓮独自の法理なので独一本門の妙法ともいう。
ちなみに天真独朗について日蓮の指導を見てみよう。天真独朗とは作為のない自然の天性をもって独り明らかに開悟すること。摩訶止観の序に章安がその師・天台の己証の止観の趣意を一言で述べるとともに、師を讃歎した語である。
一般に天真は飾りけのない自然なすがた、独朗は一人明らかなことを意味する。この語を釈して止観輔行伝弘決巻一の一に天真独朗を無師の法とし、「理非造作の故に天真と曰ひ、証智円明の故に独朗と云う」とある。
「理は造作に非ず」とは、ありのままの姿、真如実相の理をいい、「証智円明」とは真理を証得する智慧が円満にして明了なことをいう。無師の法とされる天真独朗の法門とは一心三観・一念三千の観念観法のことである。
ただし、これは像法時代における上根・上機のための行法のゆえに、十八円満抄で日蓮は、「所詮末法に入って天真独朗の法門無益なり」と一言で否定されている。
釈尊が法体を明かさずに文上で指し示しただけの文底の妙法である。時代は釈尊の法の法滅の時、末法の初めに初めて建立した秘法である。しかし独自である故に理解されるのに時間がかかったといえる。新しい時代に新しい教法は必要であるが、新しい故に困難も伴うのである。後述するが、SGI・創価学会もまた同様の困難さを味わうことになる。
法華経の行者の一身の当体は、上行菩薩を上首とする地涌の菩薩の当体である。上首上行が神力品で付嘱された四句の要法のうち如来一切所有の甚深の事が末法の菩薩の振舞いそのものである。他の三句が三大秘法となり四句は人法体一を意味している。
 しかし、日蓮仏教よりこれらのことを思考できるのは、末法にたとえ外用であっても日蓮が、上行菩薩として出現したことにより初めて法華経の正意を知ることができることになったという意味である。
 御書には随所に天台・伝教では説き、広められなかった理由が教示されている。まったくもって未曽有の正法なのである。釈尊が説きたくても解けなかった、匂わすだけで終わってしまったその根本の法体を明示したのである。
それでは仏教の宗派ではなく新しい宗教なのではと思うかもしれないが、そうではない。仏教であることには変わりないが、釈尊が開祖であるのではなく日蓮こそ開祖であるという宣言なのである。したがって釈迦仏法の一宗派ではないということである。
なぜそう思うのか。なぜそう考えたのかその経緯と理由を理解することなくして、日蓮仏法を理解するまた釈尊の教説の真実の意味を理解することはできないだろう。
「日蓮が末法に出現しなかったなら釈尊を初め、天台・伝教は大虚妄の人と言われるだろう」とは日蓮の確信の言葉である。その至極の法の法体が南無妙法蓮華経であり、一切衆生の成仏の規範が三大秘法なのである。しかし三大秘法という言葉が出てくる御書はそれほど多くはない。わずか三篇である。
①義浄房御書 文永十年五月二十八日 佐渡 52歳  「寿量品の自我偈に云く「一心に仏を見たてまつらんと欲して自ら身命を惜しまず」云云、日蓮が己心の仏界を此の文に依つて顕はすなり、其の故は寿量品の事の一念三千の三大秘法を成就せる事・此の経文なり秘す可し秘す可し」と。なぜここで「秘す可し秘す可し」なのかは、後述する。
②第廿五建立御本尊等の事 身延 御義口伝に云く此の本尊の依文とは如来秘密神通之力の文なり、戒定慧の三学は寿量品の事の三大秘法是れなり。
御義口伝とは、上・下二巻の書で、日蓮の講述を日興が筆録したものである。日蓮が、晩年(健治・弘安年中 54歳~60歳)身延で法華経の要文について講義したものを、日興が筆緑し、日蓮の允可を得て後世に伝えられたものである。
本因妙抄・百六箇抄と共に重要な相伝書である。最初に「南無妙法蓮華経」について説き、次に巻上に序品から涌出品第十五まで、巻下に如来寿量品第十六から勧発品第二十八まで、および開結二経(無量義経・普賢経)について口述している。
更に、巻下には別伝として「廿八品に一文充の大事」と「一廿八品悉南無妙法蓮華経の事」が収められている。
各条では、初めに法華経二十八品ならびに開結二経中の文をあげ、天台・妙楽の釈を引き、次に「御義口伝に云く」として末法の寿量文底下種の法門が明かされている。
③三大秘法禀承事 弘安四年四月 61歳御作 身延 弘安五年卯月八日→日蓮花押 大田金吾殿御返事
弘安四年(1281年)、または五年の四月八日、日蓮が六〇歳(または六一歳)の時、身延から大田金吾に与えられた書である。本書の末文に日蓮の滅後・未来のために、三大秘法の法門を説き明かしたとされている。
特に三大秘法抄は日蓮の独一本門の肝要であり、日蓮の全御書中、三大秘法を総括して詳しく述べられた御書として重要視されている。
最初に、法華経如来神力品第二十一の結要付嘱の四句をあげ、その要言の法とは三大秘法であり、これは上行等の四菩薩に付嘱され、末法にのみ弘通されると説かれている。
次に末法における出離生死の要法は寿量品の一品、即ち三大秘法のみであると述べられ、三大秘法の体と相貌が明かされている。
本門の本尊は、無作三身・本因妙の教主釈尊、即ち六種の釈尊の中の本門文底の釈尊であるとされ、本門の題目については、題目に正・像と末法の二意があるとされ、末法に唱える題目は自行化他にわたる南無妙法蓮華経であると結せられている。
更に本門の戒壇について、そのあり方や意義内容を述べられている。次に法華経方便品第二の「諸法実相」等の理の一念三千、同如来寿量品第十六の「我実成仏已来・無量無辺」等の事の一念三千の文証をあげ、事の一念三千即ち久遠元初の妙法の未来広宣流布を示されている。最後に、門家の遺弟のためにこの法門を顕わした旨を明かされ、末法弘通を託されている御書である。
そこでまず本門の意味するところから考えてみようと思う。本門とは、仏の本地をあらわした法門のことである。迹門に対する語で、天台は法華文句巻一に法華経二十八品のうち後半の十四品、従地涌出品第十五から普賢菩薩勧発品第二十八までを本門としている。
迹門では諸法実相に約して理の一念三千を説き、成仏の理論的可能性を説いたのに対して、本門では釈尊の久遠実成の本地を明かし、本因・本果・本国土に約して、仏の振る舞いの上から事の一念三千が説かれ、成仏の本体が明瞭に示されている。
本門の本とは本地をいい、門とは能入の門をいう。自身の本地を明かした仏が説いた教えということになる。迹門は池水に映る月影に、本門は天の月そのものに譬えられる。
法華経本門は相対して迹門より勝れるが、日寛はその理由に二意を説いている。一は有名無実、二は本無今有である。
①有名無実とは、迹門では成仏の名のみ有って、その実義は無いが、本門では成仏の実体が説かれていると。
十法界事に法華経従地涌出品第十五の文を引いて「迹門の二乗は未だ見思を断ぜず迹門の菩薩は未だ無明を断ぜず六道の凡夫は本有の六界に住せざれば有名無実なり。故に涌出品に至つて爾前迹門の断無明の菩薩を『五十小劫・半日の如しと謂えり』と説く」と。
②本無今有とは、迹門には今の成仏(始成正覚)のみ有って成仏の本源は明かされていないが、本門に至り成仏の本源が説かれている。
また「迹門には但是れ始覚の十界互具を説きて未だ必ず本覚本有の十界互具を明さず故に所化の大衆能化の円仏皆是れ悉く始覚なり、若し爾らば本無今有の失何ぞ免るることを得んや」と。
法華経迹門においては、諸法実相に約して百界千如・理の一念三千が説かれ、理の上で十界の依正が妙法蓮華経の当体であることが明かされるにとどまったのである。
しかし、本門寿量品に至って、釈尊己身の上に、本因・本果・本国土の三妙を合論して、成仏の実義を明かし、久遠実成を説いている。
開目抄に「迹門方便品は一念三千・二乗作仏を説いて爾前二種の失・一つを脱れたり、しかりと・いえども・いまだ発迹顕本せざれば・まことの一念三千もあらはれず二乗作仏も定まらず、水中の月を見るがごとし・根なし草の波の上に浮べるににたり」と。
寿量品得意抄に「本門寿量品に至つて始成正覚やぶるれば四教の果やぶれ四教の果やぶれぬれば四教の因やぶれぬ、因とは修行弟子の位なり、爾前迹門の因果を打破つて本門の十界因果をときあらはす是れ則ち本因本果の法門なり、九界も無始の仏界に具し仏界も無始の九界にそなへて実の十界互具・百界千如・一念三千なるべし」と。
 本因妙抄に「迹門を理具の一念三千と云う脱益の法華は本迹共に迹なり」と。法華経文上の本迹二門には天地水火の相違が存在するが、一度文底独一本門に相対すれば、竹膜を隔つのみの差異となってしまうという。
これを釈して、文底秘沈抄には「譬えば直ちに一尺を以て一丈に望むる則は、長短大いに異なれども、若し十丈に望みて而も還って一尺一丈を見る則は、只是れ少異と成るが如し」とある。
次に久遠元初と五百塵点劫の釈尊の関係は、三重秘伝抄に「聞いて能く之を信ぜよ、是れ憶度に非ず。師の曰く『本因初住の文底に久遠名字の妙法、事の一念三千を秘沈し給えり』云云。応に知るべし、後々の位に登るは前々の行に由るなり云云」とある。日蓮仏法においては本因初住の文底に久遠名字の妙法、事の一念三千を秘沈し給えりなので後々の位はない。
法華経如来寿量品第十六の「我本行菩薩道」、「我実成仏已来」、「娑婆世界 説法教化」の三文により、釈尊は五百塵点劫という久遠の昔に成道したことを明かし、始成正覚を打ち破ったが、いまだ久遠本果の三身であり応仏昇進の仏であることを免れえなかった。しかも成道するにあたり、その初住位に至るまでの本源は説かなかったのである。
三大秘法抄に「夫れ釈尊初成道より四味三教乃至法華経の広開三顕一の席を立ちて略開近顕遠を説かせ給いし涌出品まで秘せさせ給いし実相証得の当初修行し給いし処の寿量品の本尊と戒壇と題目の五字なり」と述べている。このことは、釈尊自身も南無妙法蓮華経を久遠の本因として成道したということである。
この三大事の秘法を説いたのが、久遠元初自受用身如来を本地とする日蓮となる。故に日蓮を久遠元初自受用報身如来と呼ぶのである。
百六箇抄には「我等が内証の寿量品とは脱益寿量の文底の本因妙の事なり、其の教主は某なり」と述べている。したがって、文底独一本門に望めば、本迹二門ともに迹となるのである。
迹を発って本地を顕すのに文上顕本と文底顕本の二義があり、文上顕本には体外、体内の二意がある。
①の文上顕本とは、文上では五百塵点劫の成道を明かしているが、この五百塵点劫を本地とするのを体外の寿量品といい、本地は久遠元初と知り、この寿量品が迹中化他の成道であると心得るのを体内の寿量品という。
当流行事抄に「問う、体内体外、其の相、如何。答う、是れ則ち顕と未顕と、知と不知と天地遥かに異なり。謂く、文底未だ顕れざるを名づけて体外と為す、猶不識天月但観池月の如し。文底已に顕るれば即ち体内と名づく、池月は即ち是れ天月の影と識るが如し。且く我実成仏の文の如き、若し本地第一、本果自行の成道を我実成仏と説くと言わば、即ち是れ体外の寿量品なり。若し迹中最初の本果化他の成道を我実成仏と説くと言わば、即ち是れ体内の寿量品なり。内外殊なりと雖も、倶に脱迹と名づく。是れ文底の種本に対する故なり。応に知るべし、迹門既に内外有り、今の脱迹、豈爾らざらんや。若し体外の寿量品は天台常途の釈の如し。若し体内の寿量品は血脈抄に本果を迹と名づくるが如し云云」とある
②の文底顕本とは、日蓮の三大秘法を顕す立場をいい、同抄には「文底下種の寿量品に我実成仏と云うは、我は即ち日蓮、成仏は即ち是れ自受用身なり。謂く、能成は是れ智、所成は是れ境なり、境智冥合豈自受用身の成道に非ずや。故に文意に謂く『日蓮実に自受用身の成道を唱えてより已来無量無辺百千万億劫』云云」とある。すなわち日蓮こそ久遠元初の報身仏であることを顕したことが文底顕本という。
この三大秘法を一法に帰すると本門の本尊となる。また開いた場合は、六大秘法となるという。しかし、六大秘法は日蓮の思想ではない。日寛の思想である。日寛の文段は、曼茶羅の本尊をそのまま法本尊とし、日蓮を末法の本仏として久遠の古仏の再来であり人本尊であると結論させるための理論的展開である。
日蓮を特別視して、末法出現の仏として、ただの人間ではないとするものである。これでは、人間を生まれながらにして差別することになる。そして、日蓮を産んだ両親は仏を産んだことになる。
当時の本尊に迷う諸宗ならびに日蓮宗(特に京都要法寺派)に対して破折することが必要であったことはよく判る。曼茶羅の本尊が、末法の一切衆生に与えた一閻浮提総与の御本尊であると証明しなければとの思いもよく判る。日寛の六義は、時代背景を考慮して用いる必要がある。
三大秘法は、菩薩の生身そのものであるから生身即法身となる。だからといって、人本尊の思想を立てて日蓮を久遠本仏の再来とするのは行き過ぎであろう。しかしこの考え方を認めると、日寛教学が根本的に破壊されかねないところが、やっかいである。
しかし、三大秘法を六義に観たことを間違いであるというのではない。素晴らしい卓見であると感心するのである。六大秘法の思想を末法の衆生の修行の上から活用し、日蓮仏法を理解出来ない他宗に対し破折に用いるには、見事な理論展開であると思う。ただこの思想を自らの権威に利用したり僧俗の差別に悪用してはならないと思うのである。
日蓮正宗から破門された創価学会は、一閻浮提総与の御本尊にお目通りできなくなった。したがって日寛の教学をそのまま受け入れることが難しくなってしまった。この件は別のところで私の所見を述べてみたいと思っている。
三大秘法という大げさな表現のわりに内容は、本門・本尊・題目・戒壇といった一般的によく使われている言葉だけである。さらに法としての妙法蓮華経に対し、法体と言っているものは南無妙法蓮華経とほとんど代り映えしない言葉なのである。
したがって法体も三大秘法もこれまで学び感じてきた印象から勝手に解釈されてしまうものばかりであるということが、現実に起きてしまっている。そのせいか何が違うのか説明されても理解できないで流されてしまっているのが現実である。
三大秘法の根本である本尊も法が意味する原理の図顕である故に「言語道断・心行所滅」の法を文字で図顕できたのであるが、他宗の本尊とどこが違うのか分からずに素通りである。ただ文字による図顕の意味は大きいといえる。不立文字は論外である。文字の現実性は価値の普遍性を含むのである。
法が意味する原理とは、日蓮本仏論序説で述べてきたところの過去と未来における現在の確定の原理である。その原理を一幅の本尊という形態を利用して修行の対境のために図顕したのである。日蓮にとっては理法と実践の相関関係を実体化させるものであったといえる。したがって曼荼羅の本尊は、三大秘法の本門の本尊とは異なる意味合いがあることになる。
従って、法体と本尊を結んで法体本尊とするのではなく法体は南無妙法蓮華経であり本尊は法体の力用の図顕であると立てわけて置くことが必要なのである。原理は法体そのものではなく、法体の持つ力用なのである。本尊を宇宙根源の法の図顕という時は、この法体の力用を指していうのである。
このことを念頭おいて、三大秘法を考える事が、日蓮仏法の実践論的理解に繋がっていくのである。そうすれば日寛思想の理解と限界を見極めることが出来るのである。
ここでいう限界とは、本門の本尊を人法の二義と理解した後、人本尊の位置付けが歴史上に出現する特定の人格知を指すことと戒壇の本尊のみを一大秘法(本門の本尊)と限定、誤解されるような発言のことを言う。
勿論、本尊の主題の題目の下に日蓮の名を残す事の意味を否定するものではない。人法体一の本尊を意味するのは、人を離れて法はないのであり、現実の人間の存在は、法の生成したものであるとする事もある意味において重要なことといえるのである。
法の顕現の場が人である以上当然の帰結として人法体一となるからである。広くいえば諸法は顕現と冥伏の二極に顕在する故に人に限定してはいけないのだが、顕現された歴史において諸法を感じるのは人間的生だけと仮定しているからである。
本門の本尊を人法に開くのは凡夫の体の三身を説く為にすればよいのである。観心本尊抄における観心の本尊は、一念三千論を迹門・本門・文底によって説き示した法本尊である。法本尊は理の法相であり、この理の法相が、現実の歴史に顕現する場が菩薩としての人となる故に、顕現された場を称して開目抄で説かれるところの下種の三徳を具備した人本尊というのである。
したがって後で詳しく考察するが、日蓮は久遠元初の報身仏を覚知したことにより、一切衆生の手本という意味で人本尊なのである。
しかし、何度も言うようだがこの人法体一の覚知は、日蓮だけが成しえるものであっては、普遍性を持つものにならない。けれども末法において最初の覚知者である日蓮の名を主題の下に記すことは、人法体一の象徴としての意義に留めて置く必要がある。
有限の人間存在を本仏という特定の人格にまで昇格させてはいけないのである。脱神話を図った日蓮を再び神話の世界に引きずり込むことは、明らかに間違いであるといえる。
また別の機会に述べるが、人間の神格化とともに、法の人格化(三身論)にもかなり問題があると私は思っている。
本尊と題目と戒壇についてのべる前に一大秘法が、何故、題目ではいけないのかについて考えてみたいと思う。
実践論的意味において、現在の自己の確定は、久遠本仏の本質我より顕現した固有の我としての自己を覚知することである。それは根源のリズムに合致することによって、本来的自己のリズムを自覚することに他ならない。それはまた、このリズムの付嘱であり相承でもある。
ここで言う心あるいは命のリズムなるものが、本当に存在するのかどうかについては、実証できていない。筆者は波のようなリズムを想定している分けではない。むしろ時の流れとポテンシャル・エネルギーに近いものを意味しているのである。ただリズムといった波長のようなものを想定してもらったほうが分かりやすいと思ってリズムと呼ぶことにしている。
この付嘱を成し遂げるための実践が祈りとなり、祈りの対境が曼荼羅の本尊となる。誓いや約束は、実際に果たしてこそ価値を生ずるのである。この祈りは、唱題である故に、信と行すなわち本門の題目となる。
只、曼荼羅の本尊の前に端座して実相を思うだけでは本門の題目にはならないのである。本門の題目とは、法華弘通の不惜身命の実践行のことである。御義口伝をよく読んでもらえば、唱題と法華弘通の関連がよく理解してもらえると思う。
菩薩の祈りの対境としての曼荼羅の本尊は、本門の本尊の化義化として図顕したものとなる。したがって三大秘法の内で本門の本尊を第一とし、一切衆生に総与したのである。
仏種とは、仏に成る種子である。仏種の植え手と植えられる田との差別論は、この主体と客体を人格知として規定するところから起きるのである。植え手とは法であり、法の存在自体がそのまま植え手の存在であり、人法体一である故に人は自らの土壌に種子を受け入れることが出来るのである。表現として差別感はあるが、植え手も植えられる田も自分自身であるとするのが、日蓮仏法である。
「聖人此の法を師となして修行覚道したまへば妙因妙果倶時に感得したまふが故に妙覚果満の如来となりたまいしなり」
法の開示は、人の先駆者の悟達の行為であり、その菩薩道を行ずる人を、衆生にとっての主師親の三徳と尊敬するのであるし、人の本尊とするのである。人法の本尊は、一切衆生の修行の規範として歴史上に出現する菩薩の行為の中に普遍性を持つのである。
菩薩の行為の観心は、衆生が成すところの観心でもある。先駆者としての能化と観心としての所化の本尊を図顕したのが曼茶羅の本尊なのである。主題と日蓮の名が同列に記される所以である。
 曼茶羅の本尊は、上行菩薩が出現して、誓いから付嘱に至る儀式の図顕としても通用するが、それ以上に過去と未来における現在の確定の原理なのである。日蓮にとっては、自己の理法の実践の相関関係の実体化である。己心・己証・内証とも云われているが、私は原理としておきたい。
 三大秘法の本門の本尊は菩薩の生身であり、日蓮の内証である。この本門の本尊を人と法に分けるだけなら日蓮の内証で済むことなのだが、実体化しようとすれば人本尊を日蓮とし、法本尊を曼茶羅の本尊として、人法体一の本尊を本門の本尊とすることになる。
さらに言えば本門の本尊を人法に立て分けるなら根本の法もまた人と法に立て分けておかなくてはいけないだろう。
根本の法即ち根本の仏をあえて人法に立て分けると、人の法体は日蓮、法の法体は南無妙法蓮華経である。従って曼茶羅の本尊即ち本門の本尊は、人法の法体の化義となる。だから本門の本尊も人法に立て分けられるのである。ただここまでして人法に立て分ける必要があるかは、別問題なのである。教義解釈として時宣用捨すればよいと考える。
法体の化儀の本尊を本門の本尊とも曼陀羅の本尊とも言うのである。故に、法体の本尊を法華経の行者の一身の当体といい、己心に覚知するから観心の本尊というのである。
しかしこのことは日蓮という歴史上の人間が、久遠の本仏(ただし報身仏として)そのもののであることを意味している。日寛教学では当然の帰結であっても法であった仏が、人間になって歴史上に顕現する必要がなぜあったのか。またなぜ人間なのか。日本なのか。日蓮なのかという問いに答えることは不可能であろう。まさに宗教であるから許される論理構造と言わざるを得ない。
この論理はキリスト教においても同様の問いかけが成されるのである。神はキリストに降臨する前は何処にいたのか。なぜキリストなのか。なぜあの時代なのかと。
そしてキリストは神になり、日蓮は仏となる。いま人類にとってもっとも必要なのは天地創造、全知全能な神仏ではなく、人間が人間自身で成しえる修行の範疇において世界平和を実現できる法理なのである。
 三学を末法化したのが日蓮の三大秘法である。そして現代化・世界化したのが池田SGI初代会長であると考える。もちろん池田自身が平和・文化・教育を現代の三大秘法だとは発言していない。これは筆者の勝手な思い込みであり、筆者の責任で論考するものである。
当然「本門の平和」などと言っても誰にも通じないだろう。こんなことはあり得ないし日蓮仏法でもない。それでも私はあえて平和・文化・教育が現代の三学であると言いたい。その理由を述べさせてもらいたのである。
まず三学の順序性について述べて置きたい。戒によって定をたすけ、定によって慧を発し、慧によって仏道を証得するといった順序性について現代的に考えてみよう。
その前に平和や文化や教育といっても絶対に忘れてはならないことがある。それは、実践三項というべき平和と文化と教育を、一部の権力者のものとするのではなく民衆の為の、民衆自身が創出すべき運動であることに意味があるということである。
国法は、仏法と違い法律を作る人達に損な規律を作らない。国民のためと言いながら、実は法を管理する運営する側に、結局は都合よくなるように責任が及ばないように制定されていくのが現実である。
平和・文化・教育の根底に政治、あるいは経済が、優先して存在するのが現実である。創価思想ではこれらの根底に人間が存在し、日蓮仏法を根幹にするということである。この違いは大きな問題を含んでいるのである。
日蓮仏法を根幹(本門)とした文化(戒)、日蓮仏法を根幹(本門)とした平和(定)、日蓮仏法を根幹(本門)とした教育(慧)の在り方を今後とも思索し続けて欲しいものである。
この日蓮仏法を現代社会で、どう折伏に摂受に活かせるかが問題なのである。まず本門の戒壇が、事であれ義であれ御本尊を安置する場所と限定してしまうと喜ぶのは仏壇屋だけである。
教会のように自由に出入り出来、そこにある戒壇と安置してある本尊に唱題するだけではいけないのだろうか、といった疑問と要望が起きることだろう。
そこでまず三学の順序性と平和・文化・教育の順序性について考えてみようと思う。すなわち戒が定を助け、定が慧を導き、慧が戒を促すという順序性に意味があることを知るべきである。
したがって三学の順序性は、日寛教学における本門の本尊という根本の位置づけであるが、現代にあっては、たんなる順序性を止揚して三学の循環性を考慮すべき時代なのである。
現代の三学にはこのような順序性はあるのだろうか。たとえば文化・芸術によって平和・安定を助長し、平和・安定によって人間教育が開発され、人間教育によって国家・地球規模の人間文化がその異文化に関わらず共生・共存の地球文化を開花させると考えることは可能であろう。
このように考えられれば、順序性は維持できるだろう。もちろん問題点もある。教育による成し遂げられる地球文化の開花と慧によって仏道を証得することとは明らかに異なるような印象を持ってしまう人もいるだろう。これは、人間個人の仏道修行と社会活動における視点の違いでもある。
このことを否定するなら広宣流布の定義を世界平和とすることも否定せざるをえなくなる。地球上の一切衆生を折伏しない限り広宣流布はあり得ないとするしかなくなる。すなわち社会活動は、折伏のうえの摂受ではなく単なる摂受であるということになる。したがって社会活動が、たとえ日蓮仏法を根幹としたとしても末法の仏道修行ではないということになってしまうのである。
日蓮仏法を根幹とすれば、表面的には単なる摂受に見えても、現実的には折伏のうえでの摂受であるはずだ。
文化・芸術活動は、平和・安定運動の力になる。平和・安定運動は人間教育に欠かせない。防止非悪の実践は、人類の英知の必要性を目覚めさせる。そして教育・智慧が人間の生き方を指し示す。この順序は逆ではいけないのである。教育によって権力者が国民を意図的方向に向かわすことが可能となるからだ。慧が戒の発展を促すのであって、これは一部の権力者にとっては都合が悪いのである。
三学の順序性は慧によって仏道を証得することが目的である。しかし三学の現代的解釈において、広宣流布における三学は、慧が戒を啓発するという循環性に焦点があるのである。すなわち世界平和への飽くなき挑戦こそ地涌の菩薩の使命だと思うからである。
文化主義は平和主義に貢献し、平和主義は教育主義を指導する。そして教育主義は文化主義を啓発するのである。三学の循環性にこそ広宣流布運動の本義があると信じる。
さらにこの原理は、根底に人間主義が存在するだけでなく、循環性のゆえにどこからスタートしても可能である。国家、地域、組織だけでなく一家庭にあっても、それぞれの実情に沿って応用できる普遍の原理と言える。



第一節 理法と事相の三秘(個人に帰する三大秘法)


第一項 寿量品の文底と種脱相対

日蓮の教義について思考する時まず考えなくてはいけないのが、三大秘法を建立した経緯である。三大秘法について日蓮は「釈迦は指標したが、天台・伝教は言い残したもの」であるという。
報恩抄に「問うて云く天台伝教の弘通し給わざる正法ありや、答えて云く有り求めて云く何物ぞや、答えて云く三あり、末法のために仏留め置き給う迦葉・阿難等・馬鳴・竜樹等・天台・伝教等の弘通せさせ給はざる正法なり、求めて云く其の形貌如何、答えて云く一には日本・乃至一閻浮提・一同に本門の教主釈尊を本尊とすべし、所謂宝塔の内の釈迦多宝・外の諸仏・並に上行等の四菩薩脇士となるべし、(此処でいう教主釈尊とは法体の南無妙法蓮華経の事である)二には本門の戒壇(なぜか説明がない)、三には日本・乃至漢土・月氏・一閻浮提に人ごとに有智無智をきらはず一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱うべし(唱える題目の条件を明示)、此の事いまだ・ひろまらず一閻浮提の内に仏滅後・二千二百二十五年が間一人も唱えず日蓮一人・南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経等と声もをしまず唱うるなり」
秘法とは秘密の法のことで、法華経以前の諸経では仏の三身が常住であることを説いてないので秘といい、仏だけが知っていることを密という。
また撰時抄に「仏滅後に迦葉・阿難・馬鳴・竜樹・無著・天親・乃至天台・伝教のいまだ弘通しましまさぬ最大の深密の正法経文の面に現前なり」とあるように最大の深密の故に三大という。
三大秘法が秘密の法である理由は、釈迦・天台が仏性を顕現するための修行法をいろいろ述べてきたが、いまだに明かしてないから秘法という。勿論それは、本尊の主題、すなわち法体を明示できなかったからである。妙法蓮華経と南無妙法蓮華経の違いである。(詳しくは日蓮本仏論序説を参照してください)
三大秘法は、日蓮が末法の始めに初めて建立した重大な法門となる。なぜ重大かというと一切衆生の修行の規範だからである。いくら法体を明示したとしてもそれだけでは「だから何なのか」となる。法体の明示だけでは衆生はどうしたらいいのか分からないからである。
したがって日蓮仏法は釈迦・天台の亜流でもそのままの流れでもないのである。また法華経を広めるのを目的としているといった誤解があるが、釈尊と法華経に関しては、天台によって充分に論は尽くされていると考える。先の報恩抄の形貌の文は、多くの議論がなされている。とくに本尊の部分である。
「本門の教主釈尊」の意味が解釈する人によって異なるのである。日蓮にとって宝塔は南無妙法蓮華経そのものなので、釈迦等はすべて脇士扱いとなるのは当然であった。本門の本尊とか本門の教主釈尊といっても皆、南無妙法蓮華経という法体をもとに記述された表現に過ぎない。この場合の日蓮の立場は末法の教主釈尊として主題の下に名前を記し花押を認めたのである。
法華経の存在は、釈尊が縁を結んだ衆生を救うためであるが、末法はまったく釈尊に縁のない衆生ということになっている。そこで末法の教主釈尊が必要になるというのが、日蓮の主張である。そのために末法に出現する仏の出現を予証したのが法華経であると。
法華取要抄に「問うて云く法華経は誰人の為に之を説くや、答えて曰く方便品より人記品に至るまでの八品に二意有り上より下に向て次第に之を読めば第一は菩薩・第二は二乗・第三は凡夫なり、安楽行より勧持・提婆・宝塔・法師と逆次に之を読めば滅後の衆生を以て本と為す在世の衆生は傍なり滅後を以て之を論ずれば正法一千年像法一千年は傍なり、末法を以て正と為す末法の中には日蓮を以て正と為すなり」
ここでは法華経を用いて解明しているが「日蓮を以て正と為す」との宣言があり、佐後に書かれた本抄であることを考慮しないと勘違いしてしまうだろう。
寿量品の説法の主意については御講聞書に「法華経極理の事 仰に云く迹門には二乗作仏・本門には久遠実成此をさして極理と云うなり、但し是も未だ極理にたらず、迹門にして極理の文は諸仏智慧甚深無量の文是れなり、其の故は此の文を受けて文句の三に云く竪に如理の底に徹し横に法界の辺を窮むと釈せり、さて本門の極理と云うは如来秘密神通之力の文是なり、所詮日蓮が意に云く法華経の極理とは南無妙法蓮華経是なり」
法華経は、釈尊の報身中に久遠無作の三身を観ることと、久遠無作の三身より釈尊の化用を観るという二つの視点があるが、観心より判断すれば、後者の視点をもって観るべきであることは自明である。
即ち南無妙法蓮華経自受用無作の三身を見ることが法華経の至極の視点となるというのが日蓮仏法の筋目となる。そうすれば釈尊から上行への付嘱は、南無妙法蓮華経であることが判然とするのである。
如来滅後五五百歳始観心本尊抄に「此の本門の肝心南無妙法蓮華経の五字に於ては仏猶文殊薬王等にも之を付属し給わず何に況や其の已外をや但地涌千界を召して八品を説いて之を付属し給う、其の本尊の為体本師の娑婆の上に宝塔空に居し塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏・多宝仏・釈尊の脇士上行等の四菩薩・文殊弥勒等は四菩薩の眷属として末座に居し迹化他方の大小の諸菩薩は万民の大地に処して雲閣月卿を見るが如く十方の諸仏は大地の上に処し給う迹仏迹土を表する故なり」
観心本尊抄のこの文は、種脱相対を立てる前なので、このような表現になっていることを考慮して読む必要はある。
したがって、末法の弘通は、法華経の教理ではなく南無妙法蓮華経の本尊を建立して弘通するのである。その付嘱を説いたのが神力品の文底ということになる。
指標の根拠と神力品について考察してみよう。三大秘法抄に「夫れ法華経の第七神力品に云く「要を以て之を言ば如来の一切の所有の法如来の一切の自在の神力如来の一切の秘要の蔵如来の一切の甚深の事皆此経に於て宣示顕説す」等云云、釈に云く「経中の要説の要四事に在り」等云云、問う所説の要言の法とは何物ぞや、答て云く夫れ釈尊初成道より四味三教乃至法華経の広開三顕一の席を立ちて略開近顕遠を説かせ給いし涌出品まで秘せさせ給いし実相証得の当初修行し給いし処の寿量品の本尊と戒壇と題目の五字なり(題目の五字とは寿量品ではまだ七字ではないから)、教主釈尊此の秘法をば三世に隠れ無き普賢文殊等にも譲り給はず況や其の以下をや」
また御講聞書に「日蓮己証の事 仰に云く寿量品の南無妙法蓮華経是れなり、地涌千界の出現・末代の当世の別付属の妙法蓮華経の五字を一閻浮提の一切衆生に取次ぎ給うべき仏勅使の上行菩薩なり云云、取次とは取るとは釈尊より上行菩薩の手へ取り給うさて上行菩薩又末法当今の衆生に取次ぎ給えり是を取次ぐとは云うなり、広くは末法万年までの取次なり、是を無令断絶とは説かれたり、又結要の五字とも申すなり云云、上行菩薩取次の秘法は所謂南無妙法蓮華経なり云云」
日蓮は初めに法華経によって上行の出現を立証したのち、上行再誕の自覚に立ったときから、釈尊の付嘱は日蓮へとなったのである。
上行再誕日蓮の立場から神力品の四句の要法を読み直せば、この結要の付嘱は法華経の経巻ではなく法体の本尊の付嘱となる。そこで日蓮は初めの三句を三大秘法と読み説き、四句目の甚深の事を上行の振舞いと判断したのである。
この甚深の事を具体的に述べた釈尊の偈文が、「能く是経を持もつ者は諸方の義、名字及び言辞に於て楽説窮尽なきこと風の空中に於て一切障礙なきが如くならん。日月の光明の能く諸の幽明を除くが如く、斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅し無量の菩薩をして畢竟して一乗に住せしめん、是の故に智あらん者此の功徳の利を聞いて我が滅度の後に斯の経を受持すべし是の人仏道に於て決定して疑あることなけん」である。
法体の付嘱を受けた上行再誕日蓮が、この偈文を釈して
② 是経を持もつ者を本門の妙法蓮華経であるとし、
②一乗に住せしめんの一乗を本門寿量の本尊とし、
③斯の経を受持すべしの斯の経を本門の戒壇としたのである。
寿量品から神力品までの八品は末法のためには三大秘法を解き明かしているとなる。もちろん付嘱の内容は八品の経文ではなく、付属の法と人を予証したということである。これが日蓮仏法の本道なのである。
御義口伝に「されば無作の三身とは末法の法華経の行者なり無作の三身の宝号を南無妙法蓮華経と云うなり、寿量品の事の三大事とは是なり」
さらに御義口伝に「第廿五建立御本尊等の事 御義口伝に云く此の本尊の依文とは如来秘密神通之力の文なり、戒定慧の三学は寿量品の事の三大秘法是れなり、日蓮慥に霊山に於て面授口決せしなり、本尊とは法華経の行者の一身の当体なり云云」と。
寿量品の事の三大事とは、まさに寿量品の文底を意味しているのである。それについて百六箇抄(血脈抄)に「下種の法華経教主の本迹 自受用身は本・上行日蓮は迹なり、我等が内証の寿量品とは脱益寿量の文底の本因妙の事なり、其の教主は某なり」
また御義口伝に「戒定慧の三学は寿量品の事の三大秘法是れなり、日蓮慥に霊山に於て面授口決せしなり、本尊とは法華経の行者の一身の当体なり云云」
日蓮が寿量品の文の底に釈尊の真意が潜んでいると確信した理由は、上行菩薩という存在にある。
具体的に文底という言葉の意味を考えてみたいと思う。即ち文底とは、経文の奥底・根底のことである。文上に対する語で、例えば、法華経如来寿量品第十六の「我実成仏已来、無量無辺、百千万億、那由佗劫」の文を釈迦が久遠五百塵点劫に成道したと解釈するのを文上という。
更に久遠元初の自受用報身如来の成道と読むならば文底の解釈によることになり、久遠元初の所詮の法体である三大秘法の南無妙法蓮華経をもって文底とするとなる。
寿量品の文底というときの寿量品について考察する必要もあるだろう。寿量品がどんな目的で説かれたかについて天台は「通じて三身を明かすにあり別しては報身を説くにある」という。
これは釈迦如来の報身を開顕してその久遠の報身に三身具足があることを明かしたのだが、そのまま寿量品の仏とするのは誤りである。釈迦如来の報身開顕は、寿量品以前の諸仏を廃する目的であるからだ。
したがって天台のいう別して説く報身の意味は、釈尊報身の開顕が久遠の三身具足を示したと考えるのが正解となる。
御義口伝に「第一南無妙法蓮華経如来寿量品第十六の事 文句の九に云く如来とは十方三世の諸仏・二仏・三仏・本仏・迹仏の通号なり別しては本地三仏の別号なり、寿量とは詮量なり、十方三世・二仏・三仏の諸仏の功徳を詮量す故に寿量品と云うと。
御義口伝に云く此の品の題目は日蓮が身に当る大事なり神力品の付属是なり、如来とは釈尊・惣じては十方三世の諸仏なり別しては本地無作の三身なり、今日蓮等の類いの意は惣じては如来とは一切衆生なり別しては日蓮の弟子檀那なり、されば無作の三身とは末法の法華経の行者なり無作の三身の宝号を南無妙法蓮華経と云うなり」
寿量品の文底の意は、本地無作の三身を説くことによってその仏を指し示すことと考えるのが日蓮仏法なのである。
この仏を本地無作の三身の南無妙法蓮華経と日蓮が名付けたのである。また法華経で明かされた本尊を教相本尊といい、文底を観心の本尊というのである。
上行再誕の日蓮がなぜ末法の教主釈尊になるのかを知るために必要なのが、第三の法門と日蓮が命名した種脱法門である。これは釈尊及び釈尊の法華経と日蓮の三大秘法との違いをはっきりするためにも必要な法門である。そこで必要な考え方が、本未有善と本已有善の衆生の差別観である。
如来滅後五五百歳始観心本尊抄に「爾前迹門の円教尚仏因に非ず何に況や大日経等の諸小乗経をや何に況や華厳・真言等の七宗等の論師・人師の宗をや、与えて之を論ずれば前三教を出でず奪つて之を云えば蔵通に同ず、設い法は甚深と称すとも未だ種熟脱を論ぜず還つて灰断に同じ化の始終無しとは是なり」
ここでいう種熟脱とは、下種、調熟、解脱のことである。仏が衆生を悟りに導く化導の始終を三段階に分けたもので、天台の法華文句に説かれている。衆生が仏から受ける利益を下種益、熟益、脱益という。
下種とは仏が衆生に仏になる種子を下すことで、仏法に縁した最初をいう。熟は過去に下種された仏種が次第に成長して機根が調ってくること。脱とは仏種が成長し終わって仏の境涯に至ることをいう。
開目抄愚記に「問う、種熟脱のその義、如何。答う、即ちこれ化導の始終なり」とあり、また「問う、種熟脱の名字とは如何。答う、私志二二十八に云く『種とは謂く、下種なり。即ちこれ最初に此の妙道了因の種子を下す。熟とは謂く、長養成就なり。其の初めの種をして増長成就せしむ。脱は謂く、度脱なり。生死の此岸を脱離して涅槃の彼岸に渡到るなりと』」と述べている。
初めて種熟脱が明かされたのは、法華経迹門の化城喩品第七における三千塵点劫の過去における大通下種であり、更に本門の如来寿量品第十六において、五百塵点劫以来の種熟脱が明らかにされている。
秋元御書に「種熟脱の法門・法華経の肝心なり」と仰せのように、この三義は法華経に説かれ、成仏のための肝要である。
種熟脱の三益は、成仏に至る真の原因・結果を明かしたもので、爾前の諸経で得脱を説いても、真実の因である下種を明らかにしなければ、それは虚構の成仏となる。種熟脱について法華経の本迹でまず見てみようと思う。
迹門の種熟脱は、法華経化城喩品第七で、三千塵点劫の過去に大通智勝仏の法華経の説法、及びその十六人の王子による大通覆講の下種を明かすことから始まる。
下種された衆生が、歴劫修行を経て釈尊の在世に生まれたのを、華厳・阿含・方等・般若の爾前経で調機調養し、未来に得脱すると説いた。これを熟益という。
観心本尊抄に「過去の結縁を尋れば大通十六の時仏果の下種を下し進んでは華厳経等の前四味を以て助縁と為して大通の種子を覚知せしむ、此れは仏の本意に非ず但毒発等の一分なり、二乗凡夫等は前四味を縁と為し漸漸に法華に来至して種子を顕わし開顕を遂ぐるの機是なり」と述べている。
本門の種熟脱は、法華経如来寿量品第十六で久遠(五百塵点劫)の下種を明かし、三千塵点劫の大通智勝仏、及び四十二年の爾前経と法華経迹門までを熟益とし、本門寿量品に至って得脱せしむると説いた。これを脱益という。
法華文句巻一に「衆生久遠に仏の善巧に仏道の因縁を種えしむるを蒙り、中間に相い値いて、更に異の方便を以て、第一義を助顕して之れを成熟し、今日雨華動地して、如来の滅度を以て、之れを滅度す。復た次に久遠を種と為し、過去を熟と為し、近世を脱と為す。地涌等、是れなり。復た次に中間を種と為し、四味を熟と為し、王城を脱と為す。今の開示悟入の者なり。復た次に今世を種と為し、次世を熟と為し、後世を脱と為す。未来得度の者、是れなり」とある。
観心本尊抄には「久種を以て下種と為し大通前四味迹門を熟と為して本門に至つて等妙に登らしむ」と示している。
このように過去に下種をうけて善根を積んできた本已有善の衆生は、法華経本門に至り種熟脱の段階を経てことごとく成仏するのである。
そのことを同抄に「又在世に於て始めて八品を聞く人天等或は一句一偈等を聞て下種とし或は熟し或は脱し或は普賢・涅槃等に至り或は正像末等に小権等を以て縁と為して法華に入る例せば在世の前四味の者の如し」と述べている。
文底の種熟脱について日蓮は、末法の衆生は本未有善の衆生であり、過去に下種を受けず、善根を積んでいないので熟益・脱益の仏法では利益がなく、文底下種仏法のみが末法の衆生を成仏せしめる利益があると説く。これを下種益の仏法という。
すなわち南無妙法蓮華経の下種という成仏の本因を受け、直達正観、受持即観心の妙理によって直ちに仏の境地を得ると説いている。
観心本尊抄には「在世の本門と末法の始は一同に純円なり但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり」と、また御義口伝に「然りと雖も而も当品は末法の要法に非ざるか其の故は此の品は在世の脱益なり題目の五字計り当今の下種なり、然れば在世は脱益滅後は下種なり仍て下種を以て末法の詮と為す」と示している。末法における成仏の種子は、三大秘法の御本尊を信受すること以外にはないという日蓮の宣言である。
法華経には、三種の教相が説かれている。根性の融不融・化導の終始不終始・師弟の遠近不遠近の三つの大網に於いて教を展開している。そして過去久遠に下種結縁した衆生をその後中間調機調養しながら最後に法華経で脱しさせている。したがってこれにより法華経は脱益の仏法であるとするのである。すなわち法華経で成仏得脱する衆生は、久遠実成に下種された衆生となる。
しかし末法の衆生は本未有善の衆生なのでまったく新しく下種しなくてはならない衆生ということになる。何時如何なる場合であっても化導の主は仏なので、当然末法に於いても末法の仏が必要になる。
また本来は本未有善とか本已有善といった衆生の区別はないので、法華経で得道した舎利弗の成仏も本種に謄ったという意味になる。このことは百六箇抄を研鑽してもらえばよく分かると思います。
三大秘法禀承事に「寿量品に建立する所の本尊は五百塵点の当初より以来此土有縁深厚本有無作三身の教主釈尊是れなり、寿量品に云く「如来秘密神通之力」等云云」となる。
久遠元初の妙法蓮華経の三身より観ればインド応現の釈尊は、三世の諸仏中の一仏となる。これが下種仏法と脱益の仏法との違いとなる。
富木入道殿御返事(常忍抄)に「総じて御心へ候へ法華経と爾前と引き向えて勝劣・浅深を判ずるに当分・跨節の事に三つの様有り日蓮が法門は第三の法門なり、世間に粗夢の如く一二をば申せども第三をば申さず候、第三の法門は天台・妙楽・伝教も粗之を示せども未だ事了えず所詮末法の今に譲り与えしなり、五五百歳は是なり」
下種と脱益にたてわけた法門のことを第三の法門と日蓮は名付けたのである。日蓮が末法の教主釈尊であるから行える境地ということである。
末法の教主と本未有善の関係は以上であるが、本門の教主釈尊を本尊(法本尊)とし日蓮を末法の教主釈尊(人本尊)と展開するのは、26世日寛による。
日蓮は、開目抄で五網の教判を立てて一切の経教と諸宗を判断批判した。とくに五網の教の教判より種脱相対を明らかにしたのである。
さらに観心本尊抄において五重三段の教判を展開し、文底下種三段において一品二半を正宗分としそれ以前を序分とし以後を流通分とした。ただし文上脱益は一品二半で文底下種は妙法蓮華経の本尊となることをみのがしてはならない。
如来滅後五五百歳始観心本尊抄に「所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず末法の初は謗法の国にして悪機なる故に之を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与せしめ給う(中略)本門は序正流通倶に末法の始を以て詮と為す、在世の本門と末法の始は一同に純円なり但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり」と。
種脱相対についてもう少し詳しく述べて置きたい。日蓮が立てた五重の相対(内外・大小・権実・本迹・種脱)の第五、また三重(権実・本迹・種脱)秘伝の第三の法門にあたる。
種脱とは穀物・果物等に譬えれば、籾は種となり、米は脱となる。種子は能生の根源、脱果は所生で、所生は必ず能生の種子に帰するのである。
第一に能説の教主(仏)によって種脱を明らかにすれば、熟脱の教主は必ず色相荘厳の尊形であり、法華経の方便品第二に「我相を以って身を厳り 光明世間を照らす 無量の衆に尊まれて為に実相の印を説く」とある。
本已有善の衆生を化益するために、心に軽慢の心を生じて下種の善根を破らないようにするのである。
これに対して、下種の教主は本未有善の衆生を利益するから、逆縁であっても破る過去の善根はなにもない。したがって凡身のままで衆生を教化する。
色相荘厳の仏は、世情に随順する方便の虚仏であり、人法体別にして人(仏)は劣り法が勝れる。これが在世脱益の釈尊である。
凡身の仏は本地自証の真仏であり、境智冥合の自受用身であり、凡夫即極・人法体一の当体である。これが末法下種の仏・日蓮となる。
観心本尊抄に「彼は脱此れは種なり」と。また本因妙抄に「仏は熟脱の教主・某は下種の法主なり」とも言う。また百六箇抄に「下種の仏は天月・脱仏は池月なり」として種脱の勝劣を述べている。
第二に所説の法体によって種脱を明らかにすれば、在世の脱仏所説の法体は本門の一品二半の教相であり、これを文上脱益・理の一念三千という。
一品二半の始終は能詮の文字、すなわち解説であり説明である。理の一念三千は所詮の義、すなわち文上に説き顕されている理論である。
これに対して末法下種の仏の所説の法体は本門の南無妙法蓮華経であり、これを文底下種の観心・真の事の一念三千という。
南無妙法蓮華経は文にあらず、義にあらず、本門寿量品の文底の肝心であり、即、事の一念三千の法体である。
観心本尊抄に「彼は一品二半此れは但題目の五字なり」と。また四信五品抄に「妙法蓮華経の五字は経文に非ず其の義に非ず唯一部の意なるのみ」と説いている。意とは肝心であり、文底を指している。
開目抄に「一念三千の法門は但法華経の本門・寿量品の文の底にしづめたり」と述べている。果実の中に必ず種子が生ずるように、文上脱益は能生の種子である妙法の所生であり、その所説の根底、すなわち文底に下種の妙法が秘沈されているとしたのが日蓮仏法である。 
この文底下種の妙法は、成仏の種子、能生の根源であり、久遠名字の妙法である。本因妙抄に「一代応仏のいきをひかえたる方は理の上の法相なれば一部共に理の一念三千迹の上の本門寿量ぞと得意せしむる事を脱益の文の上と申すなり、文の底とは久遠実成の名字の妙法を余行にわたさず直達の正観・事行の一念三千の南無妙法蓮華経是なり」と明確である。
在世熟脱の応仏の所説、すなわち釈尊の仏法は久遠の下種以来、五百塵点劫、三千塵点劫という歴劫修行を経て、在世の本門寿量品の文上脱益の説法に至り、初めて久遠元初の下種に立ち返って、下種の妙法を信じて真の成仏得脱となる。
これに対して、末法下種の仏、日蓮の仏法は、久遠名字・下種の妙法を直ちに唱えて即身成仏するという、不離五欲、不断煩悩、凡夫即極の極説である。
第三に衆生の機縁によって種脱を明らかにすれば、本已有善の衆生は過去に既に下種を受けており、熟脱の教法をもって化益を受ける機縁である。
下種を前提とはするが個々の機情はそれぞれであり、しかも仏果への結縁、すなわち仏道へ発心させることが大事であるから、逆縁を捨てて順縁を対象とし、個々の機に応じて差別の教法をもって化益する。
法華文句巻十上に「本と已に善有り。釈迦は小を以て之れを将護す」とあり、小とは差別の教法(脱)のことをいう。
また法華取要抄に「仏の在世には一人に於ても無智の者之れ無し」と述べ、釈尊在世の衆生が本已有善・熟脱の機であることを示している。
これに対して本未有善の末法の衆生はいまだどの仏からも下種を受けておらず、直ちに下種の教法をもって化益を受ける機である。順逆二縁を差別することなく、逆縁であっても種子の法をもって最初の聞法による下種となる。
法華文句巻十上に「本と未だ善有らざれば、不軽は大を以て強いて之れを毒す」とあり、大とは平等の教法、一切衆生成仏の種子の法(種)をいう。
また曾谷入道殿許御書に「今は既に末法に入つて在世の結縁の者は漸漸に衰微して権実の二機皆悉く尽きぬ彼の不軽菩薩末世に出現して毒鼓を撃たしむるの時なり」と述べており、末法の衆生が本未有善、下種の機であることを示している。以上が種熟脱に於ける釈迦仏法と日蓮仏法の違いである。
種脱は機にあって法にはないのではという考えがある。すなわち法を根本として種脱を従とする考え方である。しかしこの思考は逆で種脱が根本で、法に種脱があるのである。前者の思考を理の法門といい、後者の思考を事の法門という。
御書には種熟脱はあっても直接に種脱相対という言葉は出てこない。観心本尊抄に「彼は脱此れは種なり」。本因妙抄に「仏は熟脱の教主・某は下種の法主なり」。百六箇抄に「下種の仏は天月・脱仏は池月なり」等々である。
曾谷入道殿許御書に「今は既に末法に入つて在世の結縁の者は漸漸に衰微して権実の二機皆悉く尽きぬ彼の不軽菩薩末世に出現して毒鼓を撃たしむるの時なり」と述べ末法の衆生が本未有善、下種の機であることを示している。
釈尊並びに法華経と日蓮の三大秘法との違いを相対的に述べると種脱相対ということになる。釈尊は脱益の法であり、日蓮仏法は下種益の法となる。種脱相対は日蓮仏法において重要な教説なので各自研鑽して欲しいと思う。特に「開目抄」「観心の本尊抄」をしっかり学んで欲しいと思う。



第二項 三大秘法

三大秘法は日蓮の出世の本懐であり、種脱相対は日蓮仏教の教義の根幹となるものなのである。ゆえに種脱相対を「日蓮が法門は第三の法門なり」と富木入道殿御返事に記されたのである。
観心の本尊を明らかにした日蓮にとって、寿量品が説かれた目的とそれに結縁して化導される衆生は本已有善であるが、末法の衆生は本未有善なのである。したがって末法の衆生は、末法の法によって初めて下種されることになる。
法華経文上では迹面本裏が極理であるので、本面迹裏は成立しないが、日蓮の文底の本門によって見れば文底の本は面、文上の本迹は裏となる。これは種熟脱の法門から言えるのである。
したがって御義口伝に「今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は寿量品の本主なり、惣じては迹化の菩薩此の品に手をつけいろうべきに非ざる者なり、彼は迹表本裏・此れは本面迹裏・然りと雖も而も当品は末法の要法に非ざるか其の故は此の品は在世の脱益なり題目の五字計り当今の下種なり、然れば在世は脱益滅後は下種なり仍て下種を以て末法の詮と為す云云。」となると明解である。
熟脱の機のためには法華経の迹面本裏によって、法華経文上の本尊が立てられるのだが、下種の機には教相であり、文底が観心の本尊であるとなる。
観心本尊抄に「在世の本門と末法の初は一同に純円なり。但し彼は脱、此れは種なり。彼は一品二半此れは但題目の五字なり」とある。この文の題目の五字とは、法体を意味していて事行の南無妙法蓮華経並に本門の本尊と言われているところである。
また血脈抄に「迹門を理の一念三千といふ、脱益の法華は本迹俱に迹なり、本門を事行の一念三千といふ、下種の法華経は独一の本門なり」と。したがって、末法の法華経の教主は日蓮ということになる。
法華経の教相によって本尊を立て、それによって観心の修行するというのは、天台流で日蓮仏法ではない。また御本尊を霊鷲山会の儀式の写しだとか、修行も一品二半を略した題目の五字などと考えるのはまったくの誤りなのである。
元来、末法の衆生は、釈尊に縁した衆生ではなく、末法において初めて仏に縁して下種される衆生である。釈尊の法華経では成仏できないのである。これが種脱相対の原理なのである。
だからといって縁してくれる日蓮を、そのまま人の本尊(人を離れた法はないという理由で)にするのは、日蓮の神格化に繋がってしまうのではないかと思ってしまう。このへんの筆者の考え方は、日蓮本仏論序説で述べておいた。
確かに厳密にいえば末法の法華経の行者は、御本尊を建立した日蓮一人と言えないことはないのだが、あくまでも人間の手本としての日蓮としておきたいのである。
 種脱法門を説くことによって釈迦仏法を止揚した日蓮は、この独自の法門による修行法を確立することになる。永遠の菩薩行の確立は、天台の法門のような観念観法は末法では理の一念三千であると弾下することから始まった。
日蓮の仏法を日蓮は第三の法門と呼んで釈迦仏法と区別する。種脱相対された法門のことである。この種脱法門の展開による結論として、新たに末法における戒定慧が導かれ三大秘法となって建立されたのである。
 種脱法門の実践論的展開が三大秘法となるのである。日蓮が、自己の現在を確定したことを一切衆生にも普遍的に展開させる為に説き明かしたものである。自己の本地を覚知した先駆者日蓮の慈悲の行為に他ならない。
末法は下種の機でありこの機のために下種の妙法を信行させることになる。そのことは以下の御書にも明確に述べられている。
三大秘法禀承事に「夫れ釈尊初成道より四味三教乃至法華経の広開三顕一の席を立ちて略開近顕遠を説かせ給いし涌出品まで秘せさせ給いし実相証得の当初修行し給いし処の寿量品の本尊と戒壇と題目の五字なり」
教行証御書に「今末法に入りては教のみ有つて行証無く在世結縁の者一人も無し権実の二機悉く失せり、此の時は濁悪たる当世の逆謗の二人に初めて本門の肝心寿量品の南無妙法蓮華経を以て下種と為す「是の好き良薬を今留めて此に在く汝取つて服す可し差えじと憂る勿れ」とは是なり」
諌暁八幡抄に「月は光あきらかならず在世は但八年なり、日は光明・月に勝れり五五百歳の長き闇を照すべき瑞相なり、仏は法華経謗法の者を治し給はず在世には無きゆへに、末法には一乗の強敵充満すべし不軽菩薩の利益此れなり」
仏法の実践論の基本形として、戒・定・慧の三学がある。日蓮は、この三学を末法化する為に三大秘法と展開したのである。三大秘法禀承事において神力品の四句の要法を引用したのち次のように言っている。「略開近顕遠を説かせ給いし涌出品まで秘せさせ給いし実相証得の当初修行し給いし処の寿量品の本尊と戒壇と題目の五字なり」と。寿量品の文底の事の三大秘法という所以である。
三大秘法を日蓮仏教の究極として把握することは、末法の大白法が菩薩行に集約されていることを意味している。菩薩行は、末法尽未来歳に亘る衆生救済の根本の法であり、日蓮の出現によって完成された仏教の最終章である。また、種脱法門は、法本尊開顕の根本的因であるから宗教の五綱の全てに種脱を見なくてはいけないが別の機会に述べることにしたい。
「法華経の本門の肝心妙法蓮華経は三世の諸仏の万行万善の功徳を集めて五字と為せり此の五字の内に豈万戒の功徳を納めざらんや但し此の具足の妙戒は一度持って後、行者破らんとすれども破れず、是れを金剛宝器戒と申しけんなんど立つべし。三世の諸仏は此の戒を持って法身報身応身なんど何れも無始無終の仏に成らせ給ふ」と教行証御書で述べている。
日蓮が末法における三学の実践にあたり、まず考えたことは、法華経の末法化とその展開であった。戒律とは何か。禅定とは何か。慧義とは何か。これらを末法の法華経である南無妙法蓮華経の一法より定義し直すことであった。
なぜ、そんなことが出来るのかというと、釈尊の法華経は、日蓮のために説かれたとする日蓮の歴史観による。末法における三学を末法にあった修行法として明示したのである。
同じことを何度も言うようだが、日蓮仏教を理解するうえで大事なことなのである。末法の法華経を南無妙法蓮華経と名付けた日蓮独自の法門である。これが種脱法門という第三の法門のことである。したがって、日蓮にとっては、末法における修行の規範も独自の展開となる。それを名付けて三大秘法という。
 ここで改めて三大秘法について大筋を述べて置きたいと思う。本門の本尊・本門の題目・本門の戒壇のことで、事の三大事ともいう。この法門は法華経では如来寿量品第十六の文底に秘沈されており、如来神力品第二十一で滅後のために上行菩薩に付嘱されている。
したがって末法では、上行再誕としての日蓮が所有している。日蓮は、末法の三学とは三大秘法に他ならないと位置づけた。御義口伝巻下に「此の本尊の依文とは如来秘密神通之力の文なり、戒定慧の三学は寿量品の事の三大秘法是れなり」とある。
即ち寿量品の如来秘密神通之力の体とは南無妙法蓮華経という法体であり、これを修行の規範と開けば三大秘法となる。教相の上では神力品で上行菩薩に法華経本迹二門の要を四句の妙義に結んで滅後流通の為に付嘱されているが、日蓮はこの結要付嘱の文を依文として三大秘法を明らかにした。末法の要法は南無妙法蓮華経に他ならず、仏家の軌則である三学即三大秘法と展開したのである。
それだけでなく仏法は、総別の二義、一往と再往、事と義、事と理、教相と観心、時と機、付文と本意といった仏法用語があり、これらを使い分けて解釈されたりするから一層複雑な印象を与える。そして最後に用捨時宜なる言葉で締めくくられると、弁解を聞いているような気分になるのは私だけなのだろうか。
正直言うとこれらの言葉が出てくると何故という気持ちになる。一往や義、理、教相といった言葉が何故、必要なのか。いきなり本筋に入って欲しいと思ってしまうことが、多すぎる気がする。誤解のもとになるのではとも思ってしまう。一往に説いて後で否定して本意を説く手法をあまり好まないのは私の性格なのかもしれない。
総別の二義に判じたことを、更にもう一重立ち入って総別の二義に立て分けて論ずることを両重の総別という。総は総合的・一般的に論ずること。別に個別的・究極的に論ずることである。実に複雑である。
日寛の法華取要抄文段には「今、此の義(本地無作の三身の義)に於いて両重の総別あり、一には総じて之を論ずれば一切衆生、別して之を言わば、蓮祖の末弟、二には総じて之を言わば蓮祖の末弟、別して之を論ぜば但是れ蓮祖大聖人、真実究極の本地無作の三身なり」とあり、本地無作の三身に両重の総別があるとしている。一重でも足りなくて二重になっているのである。
また一往と再往がある。一往は一通り、そのまま等の意味である。再往とは、一重立ち入ってみれば、あるいは、一重立ち入った観察、等の意味となる。一往は、再往の深意を前提にして、あえて一通りの浅近な観察をすることになる。一重とはこの前提の存在を匂わすところが異なるのである。これもまた複雑で面倒である。
いずれにしても日蓮は単なる一宗の開祖ではなく、末法万年の全世界の民衆を救うべく出現にした末法の教主釈尊であり、久遠元初の自受用報身如来、無作の三身の覚知者(報身如来)である。故に日蓮の仏教が末法の法華経・独一本門の教法なのである。
日蓮の法門の特色は、一切衆生を成仏せしめる法体を本尊として表現し、仏道修行の明確な実践法を三大秘法として示したことにある。
教法の勝劣浅深を判釈した三重秘伝、五重三段をはじめ、三証、五綱、五重相対などの法門を駆使して、寿量文底下種の本因妙の仏教、すなわち三大秘法の南無妙法蓮華経を確立したのである。
五重相対とは、一切の思想、宗教の教え、なかでも仏教の教えを比較検討して、その浅深、高低、優劣を決定する、日蓮が立てた教判の一つである。すなわち、内外相対、大小相対、権実相対、本迹相対、種脱相対と、五重に比較相対した判定基準をいう。
これは宗教の五綱のなかの「教」を知るための規範である。日蓮は、人本尊開顕の重書である開目抄において、この五重の相対を用いて三大秘法の仏法が最高の教えであることを明かしたのである。別の言い方をすれば経文の浅深高低は、対境となる法体の違いなのである。日蓮は末法における下種の法体を明確にするために五重の相対を用いて三大秘法の仏教を確定したのである。
したがって日蓮仏教は、単に釈迦・天台の延長でもなければ、発展させたものでもないということである。
釈迦の法華経に対する智解は、天台によってある意味完結しているのである。その意味において日蓮がいう法華経とは、末法今時の法華経、妙法は南無妙法蓮華経の七文字に尽きるのである。
当然のことではあるが、ここに示されている寿量品ならびに法華経をもって、日蓮が法華経を広めることを目的にしていたなどと思ってはいけないのである。日蓮の法華経の活用は経典を重要視した当時の社会状況を鑑みたゆえんである。
日蓮が三大秘法を宗旨の根幹に据えたことにより、日蓮の内証は久遠に至ることになる。百六箇抄に「我が内証の寿量品とは脱益寿量の文底本因妙の事なり其の教主は某なり」と。また御義口伝に「寿量品の事の三代秘法是なり乃至本尊とは法華経の行者の一身の当体なり」と。
上行の本地を見なければ、菩薩としての日蓮となり、仏としての釈尊より低い位と思ってしまう。これでは、日蓮仏教を誤ってしまうことになる。このことは寿量品の経文の意を日蓮仏教の見地から領解すれば判然とするであろう。
御講聞書に「法華極理の事。仰に云はく迹門には二乗作仏、本門には久遠実成此れをさして極理と云なり。但し是れも未だ極理に足らず、迹門にして極理の文は諸仏智慧甚深無量の文なり。其の故は此の文を受けて文句の三に云はく堅には如理の底に徹し横に法界の辺を究むと釈せり、さて本門の極理というは如来秘密神通之力の文底是なり、所謂日蓮が意に云はく法華経の極理とは南無妙法蓮華経是なり」と。
同じく御講聞書に「日蓮己証の事。結要の五字とも申すなり云々、上行菩薩取次の秘法は所謂る南無妙法蓮華経是なり云々」と。
また御義口伝に「戒定慧の三学は寿量品の事の三大秘法是なり、日蓮確かに霊山に於て面授口決せしなり本尊とは法華経の行者の一身の当体なり云々」と。
三大秘法については、日蓮仏法から見れば、釈尊も予証しただけで、天台伝教はそれすらしていないということになる。まさに日蓮独自の法門である。
したがって寿量品における釈尊の報身開顕は、釈尊の報身に三身が具することを明かしたとしても、その目的は爾前諸教の諸仏を統合し、結縁の衆生を此処に帰一するためで、帰一させた後は、久遠本有の自受用身に三身を見るとするのが、日蓮の主張であった。この立場から釈尊を見なければ、釈尊の本意を見誤ることになり、さらに寿量品の真意すら見えなくなるということである。
御義口伝に「如来とは釈尊、そうじては十方三世の諸仏なり、別しては本地無作の三身なり」とはこのことである。
このことはさらに法華経における付属の問題にも関係するのである。宝塔品の三個の勅宣が、一往は経典付属を意味しているが、再往は、釈尊を報身たらしめた根本の法の存在とその法の付属を意味しているとなる。この経巻付属と本尊付属においては、本尊すなわち法体付属に重大な意味があるのである。
迹化の為に法華経を四句に纏めて付属し、本化の為に法体・本尊を付属して末法に出現する法華経の行者を予証したと考えられるからである。
さらに天台は、寿量品の神通之力の文を釈して法華文句に「神は是れ天然不動の理即ち法性身なり。通は是れ無擁不思議の慧即ち報身なり。力は是れ幹用自在なり即ち応身なり」とあるように寿量品が説き明かしたものは当体である南無妙法蓮華経となって法体の付属というのである。
そして上行菩薩については第一項でも引用した偈文が上行の振舞いとなる。日蓮はこの偈文について、三大秘法に即して縷々述べているが、ご自分で調べてもらいたい。(筆者の時間の都合により)
すなわち寿量品より神力品に至る八品は末法のための三大秘法を解き明かすためと理解するのが日蓮仏教の立場である。もちろん八品の経文の付属などではない。したがって八品に法体があるなどという八品門流や仏立講の主張は間違っているのである。
そもそも日蓮が三大秘法を建立した経過は、まず、宗教の五網の教判をたてて、一切の経教と諸宗を批判することからはじまった。そして三大秘法を明示すれば、すべての経教は末法に存在する意味、価値が無くなる。むしろ存在することによってかえって仏法を混乱させると論破したのである。
この五網の教について開目抄で五重の相対を使って論破し、観心本尊抄で五重の三段を使って論破していくのである。ただしこの五重の三段は五重の相対と照らし合わせて使用することがポイントとなる。
さらに三大秘法は其々に三大秘法が具足しているともいう。これだと九大秘法になってしまう。もっとも再び三大秘法に合することはしないらしいのだが、三諦と同様に円融相即するらしい。要は本門の本尊に三秘が具している。そして本門の題目にも三秘が具しているので本門の題目といっても本尊や戒壇の義も具していると考えていくのである。
だからといって本門の題目に具している本門の題目とは何かといったことの説明はない。しかも空仮中の三諦のような展開もない。それはたとえば本門の題目の実践は本門の本尊や本門の戒壇を離れては存在しないという意味から三秘のそれぞれに三秘が含まれると言ったのだろうと思う。
いずれにしても三大秘法を建立しなければ、法体の南無妙法蓮華経の存在価値が見えてこないことになる。その意味において日蓮の出世の本懐たる三大秘法の建立は、末法の教主釈尊の本領発揮となるのである。



第三項 本門の本尊

本門の本尊(虚空不動定)とは、根本として尊敬するものであ。この本門の本尊は、題目・戒壇の義を含むゆえに三大秘法惣在の本尊ともいう。本門の題目(虚空不動慧)とは、この本門の本尊を信受し妙法を唱えることをいい、以信代慧の原理により正しい智慧(南無妙法蓮華経)を生じ煩悩の束縛を脱して自由自在の境地を得る。本門の戒壇(虚空不動戒)とは、本門の本尊を受持し修行する受持体および場所の事である。
三大秘法における本門の本尊と本門の題目、本門の題目と本門の戒壇、本門の戒壇と本門の本尊の順序性と相関関係が存在するので、しっかりと整理して把握する必要がある。
また日寛が本門の本尊を人と法に分けたことにより、人本尊と法本尊の関係が本門の本尊との間で解釈が交錯する。
日寛の六大秘法についても簡単に述べて置きたい。日寛は、本門の本尊を唯一無二の秘密の法体の義で、三大秘法の根本であり、日蓮が胸中に所持されていた久遠元初の妙法である南無妙法蓮華経である。それを書き顕した曼荼羅本尊を本門の本尊であると定義した。
南条殿御返事には「教主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にして相伝し・日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり」と述べ、曾谷入道殿許御書には「大覚世尊仏眼を以つて末法を鑒知し此の逆・謗の二罪を対治せしめんが為に一大秘法を留め置きたもう……所謂妙法蓮華経の五字・名・体・宗・用・教の五重玄なり」と示している。
この本門の本尊を受持することが唯一の戒であるが故に、本門の本尊所住の処を名づけて本門の戒壇といい、また本門の本尊を信じて自行化他(たんなる唱題行ではなく法華弘通の精進行を本門の題目と言う)にわたって妙法を唱えることを本門の題目とする。
このように戒壇も題目も本門の本尊から開かれ、三大秘法は本門の本尊に納まるのである。故に本門の本尊を一大秘法という。
観心本尊抄文段には「これ則ち諸仏諸経の能生の根源にして、諸仏諸経の帰趣せらるる処なり。故に十方三世の恒沙の諸仏の功徳、十方三世の微塵の経々の功徳、皆咸くこの文底下種の本尊に帰せざるなし。譬えば百千枝葉同じく一根に趣くが如し」と述べている。
また依義判文抄には「一大秘法とは即ち本門の本尊なり。此の本尊所住の処を名づけて、本門の戒壇と為す。此の本尊を信じて、妙法を唱うるを名づけて、本門の題目と為すなり。故に分かちて三大秘法と為すなり。又本尊に人有り、法有り。戒壇に義有り、事有り。題目に信有り、行有り。故に開して六義を成ず。此の六義散じて八万宝蔵と成る。例せば高僧伝に一心とは万法の惣体分かちて戒定慧と為り、開して六度と為り、散じて万行と為ると云うが如し。当に知るべし、本尊は万法の惣体なり。故に之を合する則は八万宝蔵但六義と成り、亦此の六義を合する則は但三大秘法と成る。亦三大秘法を合する則は但一大秘法の本門の本尊と成るなり。故に本門戒壇の本尊を亦三大秘法惣在の本尊と名づくるなり」となる。先ほどの解説と重複するが、日寛の言葉として引用しておく。
日寛の教学の特徴はこのように日蓮が胸中に所持していた久遠元初の妙法である南無妙法蓮華経とそれを書き顕した曼荼羅の本尊が本門の本尊と全く同等であることを強調するところである。
したがって三大秘法を六義(六大秘法)に展開したとき本門の本尊は人の本尊と法の本尊の二義に開かれ、さらに本門の本尊は万法の体で、万教の功徳の帰するところであると。
人法は名は異なるが体は一つ(名異体同)であり、これを人法体一(一箇)という。御義口伝に「されば無作の三身(法)とは末法の法華経の行者(人)なり無作の三身の宝号を南無妙法蓮華経と云うなり」と述べて、人即法・法即人の人法体一の法理を明かされている。
けれども自然と諸法も体一で名異体同である。だからと言って本尊を法と人に分けられると、いずれは自然も理屈上において法本尊になりかねないのではと思ってしまう。
文底秘沈抄には「迹中化他の虚仏、色相荘厳の身に約す、故に勝劣あり。若し本地自行の真仏は、久遠元初の自受用身、本是れ人法体一にして、更に優劣有ること無し」とあるが、本地自行の真仏は法であっても、久遠元初の自受用身がなぜ人なのか説明がない。
久遠元初の自受用身は無作三身の仏で優劣の無い仏であっても人である必要はない。末法の一切衆生を救済する末法の教主釈尊で末法の教主釈尊が日蓮である。すなわち久遠元初の自受用報身仏・末法下種の主師親・本因妙の教主日蓮であるが、人の本尊にする必要はないだろう。
無作本有とは本来ありのままで、生滅変化することなく三世にわたって常に存在することで、無作本有常住ともいう。
無作の三身とは本来のまま、ありのままの仏のことである。三身とは仏の理体(法身)・智慧(報身)・肉体(応身)をいう。本有無作の三身・本地無作の三身ともいう。久遠元初自受用身と同義である。
法華経如来寿量品第十六では、仏の久遠五百塵点劫の成道が説かれ、天台大師はこの仏を、報身を中心とした一身即三身・三身即一身の仏とした。
本門の仏は久遠五百塵点劫以来の仏であるが、久遠を造作のないありのままの時と解して、本門の仏とは本覚・無作であり、衆生本来の姿のまま、現実の具体相そのままが仏であり、また仏のあらわれであるとする。
しかしこの法門を推し進めると、因果・凡聖・迷悟などの相違はすべて除去され、差別・対立の現実は抽象的な平等・無差別の法身の理に包摂されることになる。したがって仏道修行が無用なことを説く極端な口伝法門まで現われた。いわゆる、本覚思想である。
これに対して日蓮は三身を兼ねそなえた、即ち久遠元初(無始)以来の真理と智慧と肉身を有し歴史的現実の中にあらわれる具体的な本覚・無作の仏を所詮(詮は「つまるところ」「究極のところ」との意。)の本仏としたのである。
法華文句巻九下に「如来寿量品」を解釈して「如来とは十方三世の諸仏・二仏・三仏・本仏・迹仏の通号であり、寿量とは今は正しく本地三仏の功徳を詮量することである」としており、これをうけて御義口伝には「如来とは釈尊・惣じては十方三世の諸仏なり別しては本地無作の三身なり……されば無作の三身とは末法の法華経の行者なり無作の三身の宝号を南無妙法蓮華経と云うなり」とある。すなわち末法の法華経の行者を無作三身の仏とするのである。
此の久遠における無作の解釈と久遠を覚知できる衆生を単純に同一視することが、なぜ起きるのかが問題なのである。要するに本門の仏とは本覚・無作であるが、衆生本来の姿のままと飛躍するから可笑しくなるのである。衆生本来の姿と本地を覚知していない衆生をなぜ同じと思うのかが不思議である。さらに現実の具体相そのままが仏であり、また仏の顕れであるとするのも同様である。
そして末法の法華経の行者を無作三身の仏といっても、末法の法華経の行者であることが、条件なのである。どう考えて、日顕が末法の法華経の行者であるなど思いもつかないはずである。
日蓮が言うように「久遠元初(無始)以来の真理と智慧と肉身を有して、歴史的現実の中に出生する具体的な本覚・無作の仏を所詮の本仏」というのであって、その意味において衆生誰でも所詮の本仏と開く可能性は否定しないのである。
久遠五百塵点の当初、世々番々に成道した一番弟子が釈尊なら、久遠元初の世々番々に成道した一番弟子が日蓮とすればよいのではないだろうか。それでも釈尊や日蓮の二番弟子、三番弟子は誰なんだろうと思ってしまう。
百六箇抄に「自受用身は本・上行日蓮は迹なり、我等が内証の寿量品とは脱益寿量の文底の本因妙の事なり、其の教主は某なり」というのも一切衆生の手本としての日蓮の確信が読み取れる。
報恩抄には「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもながるべし、日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり、無間地獄の道をふさぎぬ」開目抄に「日蓮は日本国の諸人にしうし父母なり」
根本の法の宝号を南無妙法蓮華経と命名したのは日蓮である。けれどもこの法に対応する人が何故必要なのだろうか。これらの御文によって、末法の本仏・教主釈尊は、三徳具備の久遠元初の報身仏である日蓮と言えるのだが、釈尊が師とした法即ち根本の本仏イコール日蓮と言うのは、結論の急ぎすぎだろう。
日蓮が久遠元初の報身仏であり、人間が到達できる究極の境界であるとするだけでは、何故いけないのかである。このことは別の項で論じたいと思う。
本尊について三大秘法抄には「三大秘法其の体如何、答て云く予が己心の大事之に如かず汝が志無二なれば少し之を云わん寿量品に建立する所の本尊は五百塵点の当初より以来此土有縁深厚本有無作三身の教主釈尊是れなり、寿量品に云く「如来秘密神通之力」等云云、疏の九に云く「一身即三身なるを名けて秘と為し三身即一身なるを名けて密と為す又昔より説かざる所を名けて秘と為し唯仏のみ自ら知るを名けて密と為す仏三世に於て等しく三身有り諸教の中に於て之を秘して伝えず」等云云」とある。
この中で「寿量品に建立する所」の建立とは、釈尊が久遠に菩薩の道を行じた時の観心の本尊を指しているのである。他にも「寿量品の仏」(観心本尊抄)とか法華経を本尊とすべしとか、法華経の題目を本尊とすべし等々あるがこれらも、文底にある観心の本尊を意味しているだけで、文上の本尊を指してはいないのである。
この解釈は日蓮仏教においては当然のことである。文上の本尊を教相本尊といい、文底の本尊を観心の本尊というのである。
そもそも寿量品は、末法の衆生のためと舎利弗を脱しさせるための両義があると考えるのが一般的な解釈である。その寿量文底に三大秘法の御本尊があるとするのが日蓮仏教である。日蓮宗の中には日蓮の言う本尊は、法華経一部であるとか、八品に顕れているとか一品二半の仏だとか言ったりするが、まったくの誤りである。
観心本尊抄に「此時地涌千界出現して本門の教主釈尊を脇士となす一閻浮提第一の本尊を此の国に立つべし」
また日女御前御返事に「抑此の御本尊は在世五十年の中には八年・八年の間にも涌出品より属累品まで八品に顕れ給うなり、さて滅後には正法・像法・末法の中には正像二千年には・いまだ本門の本尊と申す名だにもなし、何に況や顕れ給はんをや又顕すべき人なし、天台妙楽伝教等は内には鑒み給へども故こそあるらめ言には出だし給はず、彼の顔淵が聞きし事・意にはさとるといへども言に顕していはざるが如し、然るに仏滅後二千年過ぎて末法の始の五百年に出現せさせ給ふべき由経文赫赫たり明明たり・天台妙楽等の解釈分明なり。爰に日蓮いかなる不思議にてや候らん竜樹天親等・天台妙楽等だにも顕し給はざる大曼荼羅を・末法二百余年の比はじめて法華弘通のはたじるしとして顕し奉るなり、是全く日蓮が自作にあらず多宝塔中の大牟尼世尊分身の諸仏すりかたぎたる本尊なり」
誰も顕し給はざる大曼荼羅であるのに「自作にあらず」とは、曼陀羅に記されたインドの神話の仏菩薩の名等はそのまま使ったという意味もあるのだろう。
またこの曼陀羅は「法華弘通の旗章」でもあるという。日蓮にとって久遠の悟りは、曼陀羅の姿がそのまま久遠に存在していたということではなく、日蓮己心・己証の久遠の妙法を最も端的に表現した曼陀羅という意味となる。曼荼羅の形式が真言宗から盗んだというやからもいるが、要は末法の衆生の修行の規範として用いた形式に過ぎない。したがって真言の教義を認めたわけではないのは当然である。そして旗章ともいう。しかもこの曼陀羅は釈尊を始め誰も顕したことのない曼陀羅であると宣言したのである。
だから曼陀羅を現わしたことが日蓮の出世の本懐だと思う人もいるが、そうではなくあくまでも三大秘法の建立が出世の本懐なのである。
「大牟尼世尊・分身の諸仏すりかたぎたる本尊」である曼陀羅の本尊は、その結果として生みだされたものである。それでも弘安の時代に己心の悟りを形に、相貌を完成させ教示できたことの喜びは大きかったと思われる。それが「余は二十七年」と言わしめた理由だと思っている。
三大秘法抄に「寿量品に建立する所の本尊は五百塵点の当初より以来此土有縁深厚本有無作三身の教主釈尊是れなり」の文の意味でもある。
久遠の妙法、法華経寿量品の文底の御本尊である故に、一大事の秘法というのである。したがって、題目も大事だがあくまでも本尊第一となる。前にも述べたが寿量品に建立する所の本尊とは釈尊が久遠に菩薩の道を行じた時の本仏を指しているのである。もちろんこの本仏は、久遠において曼陀羅の本尊であったということではない。
この本仏までも本尊というから勘違いしてしまうのである。さらに根本の本仏を観心において覚知された本仏を観心の本尊というのである。
たとえば釈尊が覚知した本仏を指し示すのに法華経を説いた(法の建立)のでその文上の仏を法華経の本尊と表現するのである。同様に法華経就中寿量品あるいは一品二半の本尊といったりするのである。
仏とか本尊とか言う時は、何を指して言っているのかを明確にして欲しいものである。仏の話がいつの間にか曼荼羅の本尊の話になっていくことが多すぎるのである。三身具足の本有無作の教主釈尊の話が、途中から三身具足の本尊になるから間違えるのである。言いたいことは分かるのだが、言い方には注意が必要だろうと思ってしまう。
「無作三身の教主釈尊是れなり」のところでも確かに教主釈尊は人ではあるが、これを「人の仏」といきなり持っていき、この「人の仏」イコール「根本の仏」、そして「根本の御本尊」イコール「人本尊」とどんどん飛躍していく。
あえて言えば、本尊イコール法華経の行者ではなく、法華経の行者の正意なのである。故に久遠の報身仏は「人の仏」であり、この「人の仏」即ち報身仏と教主釈尊の観心の本尊を現実化した曼陀羅の本尊の両方を同時に感得するから人法の本尊となるのである。
日女御前御返事に「此の御本尊全く余所に求る事なかれ・只我れ等衆生の法華経を持ち南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり、是を九識心王真如の都とは申すなり、十界具足とは十界一界もかけず一界にあるなり、之に依つて曼陀羅とは申すなり、曼陀羅と云うは天竺の名なり此には輪円具足とも功徳聚とも名くるなり、此の御本尊も只信心の二字にをさまれり以信得入とは是なり」と。それほどに三大秘法の法門の完成、建立は日蓮にとって重大な意味があったのである。
釈迦にしても日蓮にしてもなぜ久遠の報身仏が必要なのかその理由を考えてみよう。日蓮が釈尊と同様に報身仏であってもよいのである。釈尊は法華経でそれを明かして舎利弗に、日蓮は南無妙法蓮華経の七文字と三大秘法を明かして一切衆生に。ただ同じ報身仏でも久遠実成と久遠元初の違いである。悟りの深さはその悟りの時空間の大きさで異なるのである。
いづれにしても釈尊も日蓮も久遠に遡ることに意味があったのである。始成正覚ではその教えに深さも根拠も示せない。菩提樹の下で突然悟っただけなら、畑の真ん中で突然、神の啓示を受けるのとなんら変わらない。
また日蓮も上行再誕だけでは釈尊の遣使還告に成り下がる、あるいは誤解される危険があったのである。そうでないと行き着く先は上行菩薩までである。これでは神に近づけども神にはなれないどこかの宗教と同じになってしまう。
三大秘法を介して久遠の仏に結縁して、本来的自己の自律的行為を促すことによって、法華経の行者の一身の当体と言われた南無妙法蓮華経の境地に住するのである。
四信五品抄に「教弥よ実なれば位弥よ下れりと云う釈は此の意なり、四味三教よりも円教は機を摂し爾前の円教よりも法華経は機を摂し迹門よりも本門は機を尽すなり教弥実位弥下の六字心を留めて案ず可し。」
本門においては、久遠の仏に結縁しその姿相においてこのことを為さしめるための本門である。自己が妙法の当体なることを確証することでもある。そのために久遠まで遡らなくてはならなかったのである。
ここで再度、本門の本尊を人と法に分けることの意味を考えておきたい。日寛の思いは良くわかる。一つには仏道修行をするための便宜的処置。もう一つは人間が到達できる境界の手本を示すため。そして三つめは、日蓮を久遠元初の本仏であるとして、釈迦よりも上位の仏に仕立て上げるためである。
日蓮は菩薩ではなく末法の教主釈尊だとすれば、末法の仏と言える。そして末法の仏は、久遠元初の報身仏となる。釈迦は法華経で開顕した久遠実成の報身仏である。そして報身仏に三身が具わるのである。
しかし久遠元初の本仏は法身仏である。その法身仏が人間に生まれ変わる必要があるのだろうか。釈迦が久遠においてその一番弟子だとしても法身仏の法を師としたのである。したがって、生まれ変わる必要性と可能性までも考えなくてはならないことになる。それよりも人間が到達できる境界としての報身仏だといってもいいだろうと思う。
もう一つの仏道修行のための人本尊の必要性を考えてみたいと思う。人を離れた法はないから、法本尊があれば必ず人本尊が必要だというのはどうかなと思ってしまう。この人法の存在論には無理がある。法は人だけでなく自然とも離れて存在しないだろう。それよりも仏道修行にあっても手本が必要なのだろうと思う。
三大秘法はあくまでも三学であってそれ以上でも以下でもないとしたら、無理やりに日蓮を久遠元初の本仏にする必要などないのではないだろうか。そもそも久遠の元初とは、何の元初なのか不明である。
簡単に言えば元初のさらに元があったらこの元初も中間になる。例えば虚数空間からトンネル効果でエネルギーの移動が実数空間に起きて初期宇宙が生成したときを元初としたら、生成した宇宙にとっては元初だが、その宇宙が生成する場はすでに存在していたことになる。すなわち無量無辺・無始無終には、元初といった物理的、数学的な特異点は存在しないのである。



第四項 本門の題目と本門の戒壇

まず本門の題目について述べて置きたい。本門の本尊に帰依し、南無妙法蓮華経の題目を唱えることを本門の題目というと。しかしこの解釈だと本門の題目といっても単独で何かが存在することではないことになる。
行為の名称に過ぎないとなると、題目は本尊や戒壇と異なり、単に本門の本尊と本門の戒壇の存在によって、その存在が確定されることになる。したがってあえて三秘にすることはないような印象をあたえる。
秘法である題目といっても普通お題目は、タイトルだったり、書物の表題、研究の主題だったりするものだ。それでも本門を付けると秘法になる理由が問題なんだと思う。とくに本尊や戒壇だとなんとなく秘法になりそうな気がするが、題目が秘法になるのがピンとこない。
日寛は、本門の題目に信と行の二意があると言う。信とは信心で、御本尊を信じて唱える行のことである。この場合のご本尊とは一閻浮提総与のご本尊のことである。そうすると一閻浮提総与のご本尊と本門の本尊は同じと思われてしまう。
三大秘法の建立とは、建物であったり、曼荼羅であったり、曼荼羅に向かって唱える唱題であったりといったこととは異なる概念であるはずだと思う。そうでなければ秘法という表現は不自然である。
また本門の題目が戒定慧の慧に当たるという。当然この発想の元には以信代慧と虚空不動慧がある。信と理事行が具足して初めて本門の題目といえる。更にこれが尊極不動なので虚空不動慧という。しかし行とは修行で、自行化他の実践をすることである。単に唱題することが行ではない。
自行化他とは「題目とは二の意有り所謂正像と末法となり、正法には天親菩薩・竜樹菩薩・題目を唱えさせ給いしかども自行ばかりにしてさて止ぬ、像法には南岳天台等亦南無妙法蓮華経と唱え給いて自行の為にして広く他の為に説かず是れ理行の題目なり、末法に入て今日蓮が唱る所の題目は前代に異り自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり名体宗用教の五重玄の五字なり」(三大秘法禀承事)の意味合いである。
この文にある「自行化他に亘る」とは、久遠下種のことでもある。自分の理行として唱える題目と他に化する、広く他の為に説く、すなわち他にも唱えるように説くこと(折伏)が事行の題目となる。したがって題目の行は理行と事行となり、日寛のいう信と行の題目とはいささか異なることになるが、日寛の行に二意の行があるとすればすむ。唱行と折伏行である。
折伏という事行には折伏の上の摂受も含むので、摂受・折伏行をしていれば、唱行をしているのと同じといった解釈がまかり通ってしまい、どんどんと拡大解釈をされていってしまいかねないのである。
そこで題目と唱行の違いについて考えてみようと思う。南無妙法蓮華経は、三身具足の当体で報身中に具して(仏の智慧の中にのみ備わるの意)いるので、末法における教主釈尊、久遠元初の報身仏である日蓮の生身そのものということになる。
この菩薩の生身が本門の本尊であり、本門の戒壇となる。そこで法体を信じて唱題という唱行に励むことによってこの菩薩の生身に本門の題目、すなわち法体と同じ仏性が呼ばれて顕現されるという法理である。
報恩抄に「求めて云く其の形貌如何、答えて云く(中略)三には日本・乃至漢土・月氏・一閻浮提に人ごとに有智無智をきらはず一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱うべし、此の事いまだ・ひろまらず一閻浮提の内に仏滅後・二千二百二十五年が間一人も唱えず日蓮一人・南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経等と声もをしまず唱うるなり」とあり、妙法を唱えることが題目であるという。
これを日蓮は事行の題目と言っている。事行とは、真理を具現化した絶対の本尊を直ちに所縁の境として修行することであるが、先ほど「他にも唱えるように説くこと(折伏)が事行の題目」となるとした。すると折伏とは「真理を具現化した本尊を直ちに所縁の境として修行」をさせる行為と定義できる。
なぜ事行というかというと妙法は事行の一念三千であるとしていることから題目に事行をつけたのである。さらに広く他の為に説く化他の題目も意味しているのである。
しかも南無妙法蓮華経は、法華経の題号ではなく寿量品文底・久遠下種・事行の一念三千の名号であり名体宗用教の五重玄の五字とまで言う。
仏の宝号を南無妙法蓮華経と名付けた日蓮の悟りは、仏の名を自行化他に亘って口唱することで修行となる。
天台が思考した修行にも仏の名を唱える修行法がある。法華経の修行の一つでもあるが、これが日本に伝えられた時は、念仏を唱えるの修行となってしまっている。念仏は、法華経を修行する前段階として定義されていたのである。
日蓮にとって法華経の題目を唱えることの意味を明確にしなくてはならなかった。一般に仏の名を唱える修行はあっても、経文の題号を唱える修行は存在していない。もちろん日蓮にとっては、南無妙法蓮華経は仏の名なのだが、一般的には経文の題号である。
したがって本門の定義と相まって、題目口唱の修行が如何なる意味をもつのかを説くことは、当時の社会風潮の中では明らかに異端であった。
同様に今日、仏教の開祖は釈迦との認識がある。日蓮の悟りが、釈迦を超越しているといっても日蓮が真の仏教の開祖であるとか、釈迦仏法に対抗した表現として日蓮仏法と云えば異端扱いになることも考えられる。
文底秘沈抄に「故に知んぬ本門の題目には必らず信行を具す。所謂但本門の本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱へるを本門の題目と名くるなり。仮令信心ありといへども若し修行無くんば未だ可ならず。故に起信の義記に云く、信有て行なくば即ち信堅からず、行を去るの信は縁に遭ふて便ち退す云々、仮令修行ありといへども若し信心なくんば不可なり。故に宗祖云く信なくして此の経を行ずるは手なくして宝の山に入るが如し云々。故に知んぬ信行具足して方に本門の題目と名づくなり。何んぞ但唱題のみと云はんや」と。要するに信と行とが具足している妙法を本門の題目ということになる。
四信五品抄に「文句の九に云く『初心は縁に紛動せられて正業を修するを妨げんことを畏る直ちに専ら此の経を持つ即ち上供養なり事を廃して理を存するは所益弘多なり』と、此の釈に縁と云うは五度なり初心の者兼ねて五度を行ずれば正業の信を妨ぐるなり、譬えば小船に財を積んで海を渡るに財と倶に没するが如し、直専持此経と云うは一経に亘るに非ず専ら題目を持つて余文を雑えず尚一経の読誦だも許さず何に況や五度をや、「廃事存理」と云うは戒等の事を捨てて題目の理を専らにす云云、所益弘多とは初心の者諸行と題目と並び行ずれば所益全く失うと云云、文句に云く『問う若爾らば経を持つは即ち是れ第一義の戒なり何が故ぞ復能く戒を持つ者と言うや、答う此は初品を明かす後を以て難を作すべからず』等云云、当世の学者此の釈を見ずして末代の愚人を以て南岳天台の二聖に同ず誤りの中の誤りなり」
同じく四信五品抄に「問うて云く末代初心の行者何物をか制止するや、答えて曰く檀戒等の五度を制止して一向に南無妙法蓮華経と称せしむるを一念信解初随喜の気分と為すなり是れ則ち此の経の本意なり」とある。
また本門の題目と法華経の題号についても同様に疑問をもたれたのである。題目を唱えることが妙法蓮華経の修行となる。単純に法華経二十八品の題号のことではなく、唱題行を意味している。唱題することを唱行というが、この行は御本尊を信じることが元にあるから、日寛の立て分けた信と行の意味をもつ。
けれども御書には、法華経の題号を意味しているような文もある。そもそも二十八品の題号と、文字も名前も同じだから間違える人がいるのである。
法華題目抄に「問うて云く題目計りを唱うる証文これありや、答えて云く妙法華経の第八に云く「法華の名を受持せん者・福量る可からず」正法華経に云く「若し此の経を聞いて名号を宣持せば徳量る可からず」添品法華経に云く「法華の名を受持せん者福量る可からず」等云云、此等の文は題目計りを唱うる福計るべからずとみへぬ、一部・八巻・二十八品を受持読誦し随喜護持等するは広なり、方便品寿量品等を受持し乃至護持するは略なり、但一四句偈乃至題目計りを唱えとなうる者を護持するは要なり、広略要の中には題目は要の内なり。(中略)先ず妙法蓮華経の五字に一切の法を納むる事をいはば経の一字は諸経の中の王なり一切の群経を納む」
四信五品抄に「妙法蓮華経の五字は経文にあらず其義にあらず、唯だ一部の意なるのみ、初心の行者其の心を知らざれども而かも之れを行ずるに自然に意に当るなり」
報恩抄に「如是我聞の上の妙法蓮華経の五字は即ち一部八巻の肝心、亦復一切経の肝心、一切の諸仏菩薩二乗天人修羅竜神の頂上の正法なり」
これらは天台の義に従って述べているだけで、三大秘法を建立したうえで、相対的に語っただけである。日蓮の言う妙法は、寿量品の肝心文底の妙法を指しているからである。このことは次の御文にも読み取れる。
寿量品得意抄に「一切経の中に此の寿量品ましまさずは天に日月無く国に大王なく山海に玉なく人にたましゐ無からんがごとし、されば寿量品なくしては一切経いたづらごとなるべし、根無き草はひさしからず・みなもとなき河は遠からず親無き子は人に・いやしまる、所詮寿量品の肝心南無妙法蓮華経こそ十方三世の諸仏の母にて御坐し候へ」
下山御消息に「世尊眼前に薬王菩薩等の迹化他方の大菩薩に法華経の半分・迹門十四品を譲り給う、これは又地涌の大菩薩・末法の初めに出現せさせ給いて本門寿量品の肝心たる南無妙法蓮華経の五字を一閻浮提の一切衆生に唱えさせ給うべき先序のためなり、所謂・迹門弘通の衆は南岳・天台・妙楽・伝教等是なり、今の時は世すでに上行菩薩等の御出現の時剋に相当れり」
観心本尊抄に「所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず末法の初は謗法の国にして悪機なる故に之を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与せしめ給う」
寿量品の肝心という表現によって義が別にあることを示しているのである。この義によって法華経を判断すれば、迹門は開権顕実の妙法であり、本門は開迹顕本の妙法である。法華経にあってもこのように義は別にある。したがって日蓮の妙法も法華一部脱益に対し文底下種の妙法という義となる。
日寛は「須かく知るべし文は則ち一部の始終能詮の文字、義は則ち所詮の迹本二門の所以、意は則ち二門の所以皆文底に帰す、故に文底下種の妙法を以て一部の意と名くるなり、文底大事の御相伝に云く、文底とは久遠下種の名字の妙法に今日熟脱の法華経の帰入する処を志し給ふなり等と云々」と。要するに日蓮の妙法は、法華経の題号ではないということである。
先ほど引用した三大秘法禀承事の文にあるように、寿量品文底久遠下種事行の一念三千の名号であり、しかも五重玄の南無妙法蓮華経となる。
題目を一品二半の妙法だとか本門の八品の妙法だとか言って批判するが、日寛は文底秘沈抄で論破している。
日寛の文底秘沈抄に「本尊とは所縁の境なり、境能く智を発し、智亦行を導く故に境若し正からずんば即ち智行も亦正しからず~亦種と成らず云々」という三大秘法の相関関係を述べている。
本尊は境、題目は智、戒は行となるが、日寛によれば、題目も信と行なので、この行が重なることになる。しかし戒は受持行の行で題目は唱行の行である。唱行と受持行では異なる意味がある。
所縁の境とは、縁となる対境のことである。出典は観所縁論釈である。三大秘法の本尊を所縁の境として衆生の智が冥合するところに成仏の義があることを言ったのである。
そこで本門の本尊と本門の題目の関係を境智の視点で見てみようと思う。境は客観としての理、智は主観としての智慧でこの境智を二法という。すなわち境も智も法と把握することがまず大事になる。
文底秘沈抄に「事は謂く、本門の題目なり。理に非ざるを事と曰う、是れ天台の理行に非ざる故なり。又事を事に行ずるが故に事と言うなり」と。
迹門の十妙の初めの四つを境智行位という。境妙・智妙・行妙・位妙のことである。本因(仏になる根本の因)を明かす際にも境智行位を論ずるのである。
天台は本因妙の依文である如来寿量品第十六の「我本行菩薩道所成寿命」について「我本行」は行妙、「菩薩」は位妙、「所成寿命」は智妙とし、智には必ず境がある故に妙楽は「本因の四義を結す」としている。
末法の境智行位については、依義判文抄に境は本門の本尊、智行は本門の題目、位は本門の戒壇で「本因の四義は即ち三大秘法なり」とある。そのうえで境智不二、境智冥合、境智一如、境智の二仏について考えていくことになる。
まず境智不二とは、認識し評価する主観的智慧(智)と認識・評価の対象として客観視した世界(境)が一体不二であることを言う。十界互具・一念三千の境と智慧とは一応は二(境智而二)であるが、万法の体を究め尽くす智慧を顕現すれば境智不二となる。仏は主体としての智慧が客体としての境と不二である。
要するに衆生においては理境に対して智慧が一体化せず二であり、仏とは主体としての智慧が客体としての理境の不二となり、客体のみならず主体においても完全な人格を形成し、また客体をあまねく照らして自在無碍の主体的生を得ることをいう。

次に境智冥合とは、所観の対象(境)と、それを観ずる智慧(智)とが深く融合し合うこととなる。けれども融合の仕方や存在の在り方などはまったく示すことのない情緒的表現なので理解に苦しむことになる。さらに深くと浅くの度合いも理解しがたいのである。これは和合の意味も同様で、境と智が和合する状況と現象を想像できると思うほうが不自然である。
天台は法華文句巻九下に「境と智と和合すれば、則ち因果有り。境を照らして未だ窮めざるを因と名づく。源を尽くすを果と為す」と説き、境智和合の初めを因とし、境智和合の終わりを果として、刹那始終一念の因果であるとしており、境智冥合が九界即仏界、即身成仏の境涯であることを示している。ただここで注目することは、境智は和合するのに時間がかかることを認める点にある。すなわち刹那始終一念の因果といいながら因と果は異時なのである。
曾谷殿御返事には法華経方便品第二、法華玄義巻三、法華玄義釈籤巻七の文の意を取られて、「夫れ法華経第一方便品に云く『諸仏の智慧は甚深無量なり』云云、釈に云く『境淵無辺なる故に甚深と云い智水測り難き故に無量と云う』と、抑此の経釈の心は仏になる道は豈境智の二法にあらずや、されば境と云うは万法の体を云い智と云うは自体顕照の姿を云うなり、而るに境の淵ほとりなく・ふかき時は智慧の水ながるる事つつがなし、此の境智合しぬれば即身成仏するなり」と述べている。
また総勘文抄に「釈迦如来・五百塵点劫の当初・凡夫にて御坐せし時我が身は地水火風空なりと知しめして即座に悟を開き給いき」と述べている。
この文をうけて当流行事抄には「知は謂く、能成の智、此れ即ち無作の報身なり。我が身等は所成の境、此れ即ち無作の法身なり。境智合する則は必ず大悲有り。大悲は必ず用を起こす。起用は即ち是れ無作の応身なり」とある。
このように仏の智慧は甚深無量であって、宇宙法界を境として、究めた実相が境智冥合の当体であり南無妙法蓮華経である。
次に、境智一如である。爾前権教は境智各別で、その智慧は対境としての理を照らし尽くしていないから、至上の悟りとしてり仏道を成就できない。法華経は二乗作仏・久遠実成が説き明かされ、その智慧は余すところなく十界互具・一念三千の理境を究め、境智合して一如であるから、衆生は法華経によって一念三千の境智を実現して成仏することができる。ただし法華経はなお境智一如の理法を示すのみであり、天台は衆生の一念を究竟して境智一如とする観念観法を教え、日蓮は直ちに境智一如の本体としての南無妙法蓮華経を顕現された。
そして、末法の衆生の信心に即していえば、境とは三大秘法の御本尊であり、衆生の信心を智という。「以信代慧」の理によって信心が智慧となるのである。御本尊を信じて唱行する時に境智冥合し、即身成仏の大功徳を得られるので智亦行を導くのである。
先ほど述べた唱行と受持行では意義が異なることについて、四信五品抄に「問うて云く末代初心の行者何物をか制止するや、答えて曰く檀戒等の五度を制止して一向に南無妙法蓮華経と称せしむるを一念信解初随喜の気分と為すなり是れ則ち此の経の本意なり(中略)問うて曰く経文一往相似たり将た又疏釈有りや、答えて曰く汝が尋ぬる所の釈とは月氏四依の論か将た又漢土日本の人師の書か本を捨て末を尋ね体を離れて影を求め源を忘れて流を貴ぶ分明なる経文を閣いて論釈を請い尋ぬ本経に相違する末釈有らば本経を捨てて末釈に付く可きか然りと雖も好みに随て之を示さん、文句の九に云く「初心は縁に紛動せられて正業を修するを妨げんことを畏る直ちに専ら此の経を持つ即ち上供養なり事を廃して理を存するは所益弘多なり」と、此の釈に縁と云うは五度なり初心の者兼ねて五度を行ずれば正業の信を妨ぐるなり、譬えば小船に財を積んで海を渡るに財と倶に没するが如し、直専持此経と云うは一経に亘るに非ず専ら題目を持つて余文を雑えず尚一経の読誦だも許さず何に況や五度をや、「廃事存理」と云うは戒等の事を捨てて題目の理を専らにす云云、所益弘多とは初心の者諸行と題目と並び行ずれば所益全く失うと云云。文句に云く「問う若爾らば経を持つは即ち是れ第一義の戒なり何が故ぞ復能く戒を持つ者と言うや、答う此は初品を明かす後を以て難を作すべからず」等云云、当世の学者此の釈を見ずして末代の愚人を以て南岳天台の二聖に同ず誤りの中の誤りなり」とある。
この文は受持行について説かれたところである。文中の「直ちに専ら此の経を持つ」とは、同じく文中の「一経に亘るに非ず」で「専ら題目を持つて余文を雑えず」という題目は、末法においては御本尊のことである。
題目は信行、戒は受持行で持つの意であることがはっきりしたのである。法華経の経文に照らし合わせて末法の修行の在り方を示した御書である。したがって、一往は、初心の者を対象にした表現ではあるが、再往は、末法の衆生が、すべて初心であることを前提にしているのである。そして初心以後の位は、末法にはないのである。

次に本門の戒壇について考えてみたい。本門の戒壇とは、本門の本尊を安置する場所をいう。一切の戒に勝れるので虚空不動戒という。
戒壇とは、本来は戒を授受する場所をいうが、末法では南無妙法蓮華経受持が持戒となるので、本門の本尊を安置し唱題する所が本門の戒壇となる。
戒法とは、①戒の四別(戒法・戒体・戒行・戒相)の一つで、釈尊の制定した戒の法則のことである。大小乗教を通じて戒法がある。元照の四分律行事鈔資持記には「聖人の制教を(戒)法と名づく」とある。
釈尊の仏教には戒・定・慧の三学が説かれているが、とりわけ小乗仏教においては戒律が主体となっている。したがって戒法が重視され、戒を守らなければ破戒と称して、成仏できないとされた。戒には五戒、八戒、十戒、二百五十戒、五百戒などの具足戒、十重禁戒等、数多くの戒がある。
円頓戒とは円頓の戒のことで、円戒ともいい、円頓の三学(戒・定・慧)の一つである。円頓とは、円満にして偏らず、速やかに成仏させる教法のことである。戒は防非止悪の義で、仏道を行ずる者の身口意の三業の悪を止め、一切の不善な行いによる非を防ぐための規範をいう。
法華経の円頓の経旨によって天台宗の立てた梵網経の十重禁戒、四十八軽戒を円頓戒といった。この大乗戒は伝教大師が日本に伝え、比叡山に授戒の道場を設けた。これを円頓戒壇(一乗戒壇ともいう)という。
日蓮は御義口伝に「戒定慧の三学は寿量品の事の三大秘法是れなり」と述べ、また日興の上行所伝三大秘法口決には、本門寿量の大戒を虚空不動戒、無作の円戒、本門寿量の大戒壇と名づけている。
すなわち末法今時においては、三大秘法のうちの本門の戒壇こそが唯一の円頓戒(円頓戒壇)となるというのが日蓮仏教である。
本円戒とは、本門の円頓戒のことで、南無妙法蓮華経受持が持戒となる。これを金剛宝器戒ともいう。
日興への身延相承書には「日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す、本門弘通の大導師たるべきなり、国主此の法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり、時を待つべきのみ、事の戒法と云うは是なり」と。
三大秘法抄に「戒壇とは王法仏法に冥じ仏法王法に合して王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時勅宣並に御教書を申し下して霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か時を待つ可きのみ事の戒法と申すは是なり、三国並に一閻浮提の人・懺悔滅罪の戒法のみならず大梵天王・帝釈等も来下して給うべき戒壇なり」と。
本門の戒壇というと特定の場所を想像させる。一期弘法抄にも特定の場所を富士山と特定している。普通は戒壇というと授戒の場所を指す。また一般仏教では戒壇と戒法は、別と考えられている。しかし日蓮仏教においては、畢竟戒壇といって別々でなく一つとされているのである。
したがって三大秘法抄に「事の戒法と申すは之れなり」として戒壇建立のことを指して述べている。
日興から日目への御付属状に「日興が身にあてて給はる弘安二年の大御本尊を本門寺に掛け奉るべし」と記した御本尊を安置する場所が戒壇となることになる。そしてこの戒壇を事の戒壇と呼び、それ以前の戒壇を義の戒壇という。
戒壇は戒律を受持することを誓う場所であるが、この戒律に小乗戒、大乗戒がある。戒は悪を止めて善を成すために定めた制度といえる。小乗教においては五戒から五百戒と多数ある。これに対して悪を止めることから他に利する戒を立てたのが大乗戒である。
小乗教では煩悩の欲心を去って空の境地に入ることを志し自らの悪を防止することが主眼となっている。しかし大乗教は仏の如く円満なる人格となり、他を利することを目的にしている。このように戒は種々の義が存在するのである。
ところが日蓮仏教は、本門寿量の大戒を大戒壇とする。当然、日蓮仏教は、本門の本尊を受持することが大戒とするから、御本尊を安置する場所を戒壇ということになる。
衆生が受持する場合は本円戒といい、三大秘法の本尊の場合は戒壇ということになるが、これは受持と受持されるの関係を立て分けて言った場合で、一往の儀でもある。本来の意は一つである。
一般的には、戒壇と戒法とは別々であると考えている。したがって日蓮の仏教も同様だと思っているらしいが、実はそうではないのである。
戒壇は、建物という感覚だから戒壇より戒法の方が大事だと思ってしまうのである。そして戒法は題目を受持口唱することだと思ったり、御本尊を受持することを戒壇と言ったりするのも間違いとなる。
また小乗戒は、戒律を守っていく実践であるから事戒といい、大乗戒は教法を観念するうえの制法であるので理戒という。日蓮の戒も理戒であって事の戒ではないということも間違いである。
天台は、迹門の円戒をさらに広く説いて、一方に妙法蓮華経を受持するとともに他方人格未熟なものが陥りやすい悪業を止めることを主眼とした戒を採用したのである。
しかし日蓮の本門の戒は、南無妙法蓮華経の受持の一つとなる。ただしこの受持は、その意も義も迹門とは異なることを知るべきである。
法華経の本門の分別功徳品に説かれた四信と五品が、妙法の修行である。四信五品に関しては略させてもらう。自分で学んで欲しいと思う。日蓮の修行においては、四信のうち一念信解、五品のうち直起随喜心となる。このことも四信五品抄を学んで欲しい。
位や行といっても日蓮の戒は是の経を能く持つを持戒とし、是経を南無妙法蓮華経とするのである。日蓮の観心の妙法であり、曼陀羅とするのが戒を持つ修行となるのである。故に戒法と戒壇は一体となる。
五人所破抄に「日興が云く、夫れ波羅提木叉の用否・行住四威儀の所作・平嶮の時機に随い持破に凡聖有り、爾前迹門の尸羅(戒)を論ずれば一向に制禁す可し、法華本門の大戒に於ては何ぞ又依用せざらんや」と。
波羅提木叉は、別解脱戒と訳されて具足戒のことである。行住四威儀の所作とは、行・住座・臥のことである。戒を用いるかどうかは、時機や機根によって判断せよということである。法華本門の大戒を持って別解脱戒や三千の威儀を斟酌して、穏やかな時機や厳しい時機に随い判断せよということである。
諸々の戒律は日常に於いて持つことは困難なことであり、ましておや時代の推移にあっては、ますます不可能なことが多いのである。
本門の戒壇は単に作法の場所でも信行の道場でもないのである。故に一切衆生に総じて授与の御本尊が必要になるのである。だから一閻浮提総与の御本尊の願主が弥四郎国重でなくてはならない所以である。
また「日蓮住せしところ霊鷲山」ともいわれている。日蓮の血脈あるところが霊鷲山であるといえるから、その確信あるところの戒壇もまた事の戒法と言える。
教行証御書に「此の法華経の本門の肝心・妙法蓮華経は三世の諸仏の万行万善の功徳を集めて五字と為せり、此の五字の内に豈万戒の功徳を納めざらんや、但し此の具足の妙戒は一度持つて後・行者破らんとすれど破れず是を金剛宝器戒とや申しけんなんど立つ可し、三世の諸仏は此の戒を持つて法身・報身・応身なんど何れも無始無終の仏に成らせ給ふ、此れを「諸教の中に於て之を秘して伝へず」とは天台大師は書き給へり」



第五項 一閻浮提総与の大御本尊について

宗門から破門された創価学会、SGI(以後はSGIのみとします)は、一閻浮提総与の御本尊を拝観出来なくなった。
悪鬼入其身と化した宗門には、日蓮が言い残した如く日蓮の魂も去ることになったと思える。爾来、宗門も学会も邪宗日蓮宗にあっては、たとえ日蓮真筆の御本尊でも有名無実と言い続けてきた。
宗門とSGIのどちらに日蓮の血脈が流れているかによって判断する以外にない。血脈の無いところにある御本尊は有名無実である。
この血脈については、日蓮本仏論序説で述べたとおり、広宣流布の血脈である。その意味で日蓮の血脈はSGIにあることは間違いない。
「一閻浮提総与」すなわち、全世界の人々に授与する。これが日蓮の思いである。したがって日蓮直結のSGIに怨嫉し、この「一閻浮提総与」の道を閉ざそうとしたのが邪宗門であることは歴史の事実として刻まれていくことだろう。
池田は、日蓮の血脈を受け継ぎ、正義と真実を叫び抜いて、世界192の国・地域に「一閻浮提総与」の道を開き切ってきたといえる。
ここで一閻浮提総与の大御本尊について筆者の私見を述べて置きたい。一閻浮提総与の大御本尊が造立された時期は六世日時のころと推測し、日禅が弘安3年に授与された御本尊の書写という説は、正しいのだろうと思う。
1369年~1406年(六世日時)から1419年~1482年(九世日有)の間で戒壇の大御本尊は造立されたと思う。
ただ弘安2年10月12日と願主弥四郎国重については、象徴的な解釈、宗教的な意義の上に決定されたとする造立日と願主の説には納得できないのである。
弘安2年10月12日の紙幅の御本尊は本当になかったのか疑問が残る。「日興が身にあてて給はる」本門寺安置の御本尊はどこにいったのかが問題となる。
筆者が思うに「身に宛てて給はる」の意味は、御本尊の授与(日蓮の直筆の本門寺安置用)ではなく、日興に書写を任せるという口伝ではないかと思っている。だから「授与」としないで「身に宛てて給はる」としたのではないかと。
この口伝が付属だと筆者は思う。二つの相承書や三大秘法抄、百六箇抄だけでなく、本門寺安置の御本尊という名前と主題の南無妙法蓮華経、日蓮花押、造立日、願主の口伝が日蓮から日興にあったと思っている。また一閻浮提総与なら日興に授与したのではなく、一閻浮提の一切の衆生に授与した本尊である。
したがって「身にあてて給はる」というのは、日興が責任を持って預かる口伝の御本尊という意味合いの表現だと思っている。だから日目に相伝できるのである。日興から日目への御譲状に「日興が身に宛て給はる弘安二年の大御本尊日目に之れを相伝す(授与ではない)本門寺に懸け奉るべし」とある。
この時点で安置用の御本尊が存在するなら現存しているはずである。そして本門寺安置の御本尊を日興はいつ給わったのかも問題となるからである。
一閻浮提総与という名前と弘安二年という造立日、そして願主も確定されていて、あとは本門寺の建立だけとなる。この大御本尊は、名前と願主と建立日だけ確定されていて、本門寺が建立された暁には、本門寺安置用に、所持していた御本尊を書写すれば良いと考えていたと思っている。したがって日目への相伝は、戒壇の御本尊の名前と造立日と願主、それに日蓮花押と書くことであると推測する。
ある人は原本が、北山(重須)の本門寺に秘匿されているという。しかもこの御本尊は当時、万年救護の御本尊と呼ばれていたという。そうすると現在、保田の妙本寺にある御本尊と同名で万年救護の御本尊が二体あることになる。
ただ日時の時代だと万年救護の御本尊の一つは保田にあり、大石寺と保田は仲良くなかったから仕方がないという問題と弘安時代に顕された御本尊と文永時代の万年救護の御本尊では相貌が違い過ぎるのである。
弘安時代に顕された御本尊は、日禅授与の御本尊しか書写する御本尊が無かったということになる。したがって一閻浮提総与の御本尊の原本は無かったと思っている。
いずれにしても名前と造立日と願主は日蓮が決定していて、日興に口伝していたと考えるほうが自然である。この名前と造立日と願主はどちらも日蓮にとって重要な意味があったのである。
したがって弘安2年10月12日の日付と願主が弥四郎国重(筆者が思うにこの名前は神四郎の本名が弥四郎で弥四郎国重は日蓮が与えた戒名なのではないか)である御本尊こそ一閻浮提総与の大曼陀羅の証となる。
一閻浮提総与の大曼陀羅とは、日付と願主で決定されるものといえる。その意味では日蓮直筆である必要はないということである。
むしろ日興に本門の戒壇堂建立を託した時点で安置する一閻浮提の御本尊の名前と造立日と願主だけを決めて後を託したと考えるべきであろうと思う。宗教的意義に拘ったり、象徴的な意味合いで後世の法主が決めることを、日蓮が許すと思うこと自体、信心がないといえる。
日蓮と日興の師弟共戦の三大秘法建立の完成である。一閻浮提総与の大御本尊に関する口伝があったと推測することこそ信心であると思う。これは日蓮と日興という師弟関係の間で交わされた約束でもあろう。
何時の日か本門の戒壇堂が完成した暁には、戒壇堂の大きさに合わせて、安置用の御本尊の寸法など決めればいいだろう。主題と華押、願主、造立日等は、師弟の間で取り決められていたと確信する。周辺の十界具足等はその時の座主が決めればいいだろう。
戒壇建立を日興に託した日蓮が、託したのだから後は勝手になどと考えるはずがない。一閻浮提総与の御本尊の見本となるような本尊を書き残すか、必要事項を口伝したかのどちらかをしていると考えるのが信心だと思う。
したがって日興の代で建立できなかったので、次の日目にこの口伝を付嘱したと思っている。
御譲状(御付嘱状)では御本尊そのものを付属したように読めるが、あくまでも「日興が身にあてて玉はる」御本尊であって、御本尊そのものとは考えられない。日興が直接お聞きした口伝の御本尊という意味と考える。
戒壇の御本尊の腰書きについても述べておきたい。この腰書きを戒壇建立の由緒にするのが可笑しい。あくまでも御本尊に対する由緒でなくてはならないだろう。
御本尊の腰書きに戒壇建立の由縁は必要ないだろう。腰書きを単純に連続して読んではいけないのである。
なぜ現当二世の為に戒壇が必要なのか?なぜ戒壇建立に願主が必要なのか?富豪の寄進があったとしてもその御堂を本門の戒壇堂とするかどうかは座主の専権事項だろう。むしろ座主が願文をかき願主になりたいはずだ。
日蓮の口伝は、名前と願主と造立日だけで、「法華講衆等敬白」は造立時の法主が勝手に追加したと思っている。願主は弥四郎国重だけで充分である。造立、書写したときの法主も弥四郎国重って誰だと思っただろう。
本心から言えば法主自身が願主になりたかったと考えた方が自然である。したがって口伝が無ければ、書かれることはなかったと思う。実在する人物かどうかも不明な名前を願主にすることに普通なら躊躇したと思う。その表れが法華講衆等敬白で、余分な追加である。
願主を一般信徒にしたから末尾に敬白を入れたのだろう。願文の末で敬って申し上げるの意味だが、こうした一種の差別を設けた表現を日蓮が口伝したとは考えられないのである。そもそも名の付いた御本尊(万年救護も紫宸殿等)には願主はいないのである。ただし本門戒壇に安置する御本尊には願主が必要だと日蓮は考えていたと思う。一閻浮提総与の御本尊にだけ願主が書かれた意味を深く考える必要があると思う。

腰書きに対し筆者は次のように判別した。

この板本尊は(右)、現当二世の為
本門戒壇建立の時に
造立せし件は口伝の如し
願主は、弥四郎国重
造立日は、弘安2年10月12日とする

一閻浮提総与の総与という表現は御書にはないが、総与を匂わす表現は多々ある。その例としていくつかの御文を引用しておく。
撰時抄に「大集経の白法隠没の時に次いで法華経の大白法の日本国並びに一閻浮提に広宣流布せん事も疑うべからざるか」「此の深法・今末法の始五五百歳に一閻浮提に広宣流布すべきやの事不審極り無きなり」
報恩抄に「答えて云く一には日本・乃至一閻浮提・一同(総与)に本門の教主釈尊を本尊とすべし、所謂宝塔の内の釈迦多宝・外の諸仏・並に上行等の四菩薩脇士となるべし、二には本門の戒壇、三には日本・乃至漢土・月氏・一閻浮提に人ごとに有智無智をきらはず一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱うべし、此の事いまだ・ひろまらず一閻浮提の内に仏滅後・二千二百二十五年が間一人も唱えず日蓮一人・南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経等と声もをしまず唱うるなり」
下山御消息に「地涌の大菩薩・末法の初めに出現せさせ給いて本門寿量品の肝心たる南無妙法蓮華経の五字を一閻浮提の一切衆生(総与)に唱えさせ給うべき先序のためなり」
御講聞書に「末法当時・南無妙法蓮華経の七字を日本国に弘むる間恐れなし、終には一閻浮提に広宣流布せん事一定なるべし云云」
御講聞書に「所詮此珠と云うは我等衆生の心法なり、仍つて一念三千の宝珠なり、所謂妙法蓮華経なり、今末代に入つて此の珠を顕す事は日蓮等の類いなり所謂未曾有の大曼荼羅こそ正しく一念三千の宝珠なれ、見の字は日本国の一切衆生、広くは一閻浮提の衆生なり」
御講聞書に「本化の菩薩は蓮華の如く過去久遠より已来・本法所持の菩薩なり蓮華在水とは是なり、所詮此の水とは我等行者の信心なり、蓮華は本因本果の妙法なり信心の水に妙法蓮華は生長せり、地とは我等衆生の心地なり涌出とは広宣流布の時一閻浮提の一切衆生・法華経の行者となるべきを涌出とは云うなり」
 御講聞書に「地涌千界の出現・末代の当世の別付属の妙法蓮華経の五字を一閻浮提の一切衆生に取次ぎ給うべき仏勅使の上行菩薩なり」
百六箇抄(血脈抄)に「五人並に已下の諸僧等日本乃至一閻浮提の外・万国に之を流布せしむと雖も日興嫡嫡相承の曼荼羅を以て本堂の正本尊と為す可きなり所以は何ん在世滅後殊なりと雖も付属の儀式之同じ譬えば四大六万の直弟の本眷属有りと雖も上行薩を以て結要の大導師と定むるが如し、今以つて是くの如し六人以下数輩の弟子有りと雖も日興を以て結要付属の大将と定むる者なり」
法蓮抄に「又仏記し給ふ「我滅度の後一百年と申さんに阿育大王と申す王出現して一閻浮提三分の一が主となりて八万四千の塔を立て我が舎利を供養すべし」
教行書御書に「三十代・欽明天皇の御宇に仏法渡つて今に七百余年前代未聞の大法此の国に流布して月氏・漢土・一閻浮提の内の一切衆生仏に成るべき事こそ有り難けれ有り難けれ」
諸法実相抄に「此文には日蓮が大事の法門ども・かきて候ぞ、よくよく見ほどかせ給へ・意得させ給うべし、一閻浮提第一の御本尊を信じさせ給へ」
高橋入道殿御返事に「其の時上行菩薩出現して妙法蓮華経の五字を一閻浮提の一切衆生にさづくべし」
減劫御書に「大悪は大善の来るべき瑞相なり、一閻浮提うちみだすならば閻浮提内広令流布はよも疑い候はじ」
五人所破抄に「聖人出世の本懐を尋ぬれば源と権実已過の化導を改め上行所伝の乗戒を弘めんが為なり、図する所の本尊は亦正像二千の間・一閻浮提の内未曾有の大漫荼羅なり」
出世の本懐は三大秘法を建立し広めることとなる。第一節の最後にあたりあらためて「法」とは何かを見てみたい。というのは、三大秘法は、確かに仏道修行の規範ではあるが、同時に法でもある。その法が、何故、曼陀羅の本尊であったり、本尊を安置する建物になるのかである。
本尊や題目だけなら法として観ることはできるのだが、建物までも法になるのだろうかという疑問が生じるからである。
法とは、梵語でダルマ、パーリ語ダンマの訳語である。「保持する」という意の動詞から派生した語で、さまざまな意味があるが、現代ドイツを代表するインド学者ガイガーによれば、①「法則、基準」②「真実」③「教法」④「経験される事物」に分類される。③「教法」としての「法」、④「経験される事物」としての「法」は、仏教特有のものである。
古代インドのバラモン教の伝統では、人々は社会的規範を守るべきとされた。これがダルマである。
その規範をまとめた「ダルマ・スートラ」という大部の書物が存在するが、ここにはさまざまな犯罪に関する罰則規定、相続・貸与などに関する契約の規定、ヴェーダの学習法や社会規範、さまざまな宗教行為の規定、社会人として果たすべき役割などが、細かく記されている。
また、そのような規定を守れば幸福な人生と平和な社会が約束されると考えたことから、「法」は道徳的善をも意味するようになった。
これに反対する語は、非法(アダルマ)である。人間として行ってはならないこと、という意味である。「法」と「実利(アルタ)」と「愛情(カーマ)」が、人間として目指すべき人生の目標とされた。
「真実」としての「法」は、バラモン教でも仏教でも見られる言葉である。
「教法」としての「法」は、仏・僧(仏教教団)と並んで、三宝といわれ尊敬の対象とされる。
「経験される事物」としての「法」とは、一切の事物・事象のことで、「諸法無我」「諸法実相」というときの「法」がこれに当たる。
一切の事物には、固定的な実体はなく瞬間、瞬間に生滅変化する。それが諸法の真の姿(実相)であり、仏の智慧は、その実相をそのままに知ることができる。
これらの意味からすると本門の本尊や本門の戒壇といっても固定的な実体ではない。本門の題目が教法としての法なら、本門の本尊や本門の戒壇は経験される事物事象としての法ということになる。当然、地球の寿命が来れば消滅するものである。
そこで末法万年まで(いつまでのことを指すのか具体的には不明)通用させるためには、曼陀羅の本尊や建物の戒壇ではなく、教法としての三大秘法の原理も必要になってくるだろうと思っている。
教法としての三大秘法を説くにあたっては、三大秘法そのものを法原理の視点で解き明かさなくてはいけないだろう。そこには曼陀羅や建物に拘る事のない新たなる視点が必要なのである。
もっとも地球が消滅すれば、唱行する人間もいなくなるので、あまり気にしなくても良いのかもしれませんが・・・。
いずれにしても宗門から破門されたSGIは、一閻浮提総与の御本尊を拝観出来なくなったので、現在、大誓堂に安置されている御本尊を広宣流布の根本とすることになんら問題はない。それはSGIに日蓮の血脈が受け継がれているとすれば、当然のこととなる。



第二節 歴史上に具成する三秘(社会に帰する三大秘法)


第一項 広宣流布と三学について

三大秘法という修行の規範を、世界的、時代的趨勢を考慮した観点から解釈することは必要であろう。これは、三大秘法を全人類的に通用させたいという筆者の思いでもある。生命の尊厳、人権の尊重といった人間主義を表に立てた時の人類共通の視点が必要なのである。
事相の三大秘法には、個人の修行としての三大秘法と広宣流布という社会運動としての三大秘法の二つの視点があり、これは修行の対境としての三大秘法となる。平和主義、文化主義、教育主義といった側面を表にたてた時に個人の人格形成とSGIの社会的存在の意義を高めるための視点である。
池田SGI初代会長とソ連のコスイギン首相との対談のなかで、コスイギンは池田に対して、「あなたの根本的なイデオロギーは」と問われた時に「平和主義であり、文化主義であり、教育主義です。その根底は人間主義です」 と答えたという。そしてコスイギンは、「この原則を高く評価します。この思想を私たちソ連も実現すべきです」と応じたという。
池田の答えは、宗教が宗教の世界のみに影響を与えるのではなく、必ず平和、文化、教育の分野に波及していくことを示唆しているのである。
したがって個人の修行としての規範となる三大秘法は、本門の本尊、戒壇、題目となるが、社会運動という修行にあっては、日蓮仏法を根幹(本門)にした平和、文化、教育の推進となるというのが、筆者の主張である。
この理法と事相の三秘が相まって初めて世界広宣流布は、実現の可能性を持つと言い得るのである。もちろん我見、独断という批判はあるだろうが、世界広宣流布を至上命題と考えた時この解釈が、あながち不自然であるとは思えない。
日蓮仏教には四故という言葉がある。末法に妙法を弘める本仏の四つの理由のことである。先聖未弘の四故と末法能弘の四故の二意がある。
これは三重秘伝抄に説かれている。①先聖未弘の四故とは、天台の四故ともいう。迦葉、竜樹、天台大師、伝教大師等の先聖が三大秘法の南無妙法蓮華経を弘めなかった理由は、曾谷入道殿許御書に「一には、自身堪えざるが故に二には所被の機無きが故に三には仏より譲り与えられざるが故に四には時来らざるが故なり」と述べている。
即ち①末法弘通の大業に堪えられない故
②衆生の機根が異なっている故
③仏から付嘱を受けていない故
③ 末法という時が来ていない故、の四つである。
二には、末法能弘の四故とは、日蓮の四故ともいう。末法に教主のみが三大秘法を能く弘通する四つの理由をいう。
①本仏は能く弘通に堪える力があるため。御義口伝に「此の菩薩は本法所持の人なり本法とは南無妙法蓮華経なり」と述べている。日蓮は自身能く堪えるがゆえに弘められるのであると。
②末法の衆生は本未有善の機根で、三大秘法によって下種される機根であるため。立正観抄に「天台弘通の所化の機は在世帯権の円機の如し、本化弘通の所化の機は法華本門の直機なり」と述べている。故に日蓮は本因下種の要法、三大秘法を弘められるのであると。
③仏から付嘱を受けているため。観心本尊抄に「所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず末法の初は謗法の国にして悪機なる故に之を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与せしめ給う」と述べている。内証の寿量品とは寿量文底の三大秘法のことである。
④末法という時が来ているため。法華経薬王品に「我が滅度の後、後の五百歳の中に、閻浮提に広宣流布して」とある。後の五百歳、すなわち末法こそ妙法の広宣流布する時なのである。
個人の変革と広宣流布を考えた時、個人の仏道修行と広宣流布の推進という視点で見直してみた。人間個人は三大秘法によって仏道修行になるが、広宣流布の推進は仏意仏勅であり、約束である。約束を果たそうとするのも仏道修行だろうと思う。
そこで広宣流布とは何かが問題になる。日蓮仏教を信受した人々が、信心根本にそれぞれの境遇、立場で広宣流布を目指す姿が異体同心といえる。しかし広宣流布を大願といいながら広宣流布の意味が明確ではない。
広宣流布の定義らしきものの変遷を見てみよう。
① 日本国中にご本尊を流布すること(布教活動)
② 舎衛の三億を実現すること(大智度論・法華玄義)
③ 会員数2千5百万人達成(1/4 阿育大王)
④ 本門の戒壇建立(国立戒壇から正本堂)
⑤ 折伏・弘教運動の流れそのもの
⑥ 妙法の大地に展開する大文化運動
⑦ 平和・文化・教育の推進運動
⑧ 世界平和となる。
今日では広宣流布の定義は、世界平和となっている。この定義は素晴らしい卓見だと思う。一宗教の流布だけの定義は、キリスト教圏やイスラム教圏との間で摩擦が起きることも考えられる。彼らの異教徒に対する非寛容さは想像以上であるからだ。
また日蓮仏教の思考からいっても決して間違っていないと思う。四悉壇の世界流布のための最善の目標設定でもある。
ところが池田の四悉壇の解釈に宗門が嚙みついたのである。池田本仏論が解決したことにより、宗門はこの四悉壇をいきなり持ち出して池田を攻めたのである。第一次宗門問題のこの問題は、世界広布に懸ける情熱と、責任感の違い過ぎる結果でもある。広宣流布については、五項で述べる。
四悉壇は「ししったん」とも読む。略して四悉ともいう。仏の教法を四種に分けたもので、大智度論巻一等に説かれる世界悉檀、為人悉檀、対治悉檀、第一義悉檀をいう。悉檀とは梵語シッダーンタの音写で、宗、理、成就、究竟などの意味である。
また、法華玄義巻一下では、仏が四種の教相をもって遍く一切衆生に施すゆえに悉檀というとする南岳の釈を紹介している。
大智度論、法華玄義によると
① 世界悉檀。楽欲悉檀ともいい、一般世間の楽い欲する所にしたがって法を説き、凡夫を歓喜させ利益を与えること
② 為人悉檀。詳しくは各各為人悉檀といい、生善悉檀ともいう。人によって性欲機根が不同のために、人に応じて法を説き、過去の善根を増長させていくこと
③ 対治悉檀。断悪悉檀ともいう。貪欲の多いものには不浄を観ぜしめ、瞋恚の多いものには慈心を修せしめ、愚癡の多いものには因縁を観ぜしめること。三毒の煩悩を対治するために法を説き、遍く一切衆生に施すので対治悉檀という
④ 第一義悉檀。真実義悉檀、入理悉檀ともいう。前の三種が仮の化導であるのに対し、真理を直ちに説いて衆生を悟らせることである。
四悉檀について日蓮は、顕謗法抄に「摂論の四意趣・大論の四悉檀等は無著菩薩・竜樹菩薩・滅後の論師として法華経を以て一切経の心をえて四悉・四意趣等を用いて爾前の経経の意を判ずるなり未開会の四意趣四悉檀と開会の四意趣・四悉檀を同ぜば、あに謗法にあらずや此等をよくよくしるは教をしれる者なり」と説かれ、また顕立正意抄には「四悉檀を以て時に適うのみ」と述べている。
この四悉檀を末法の弘通のうえからみると、第一義悉檀、対治悉檀は折伏のうえの折伏、世界悉檀、為人悉檀は折伏のうえの摂受といえる。
そもそも広宣流布とは如何なることを想定した言葉なのだろうか。天台仏法に遠沾妙道という言葉がある。
仏滅後の末法には、妙法が遠い未来まで衆生を沾すとの意味である。天台の法華文句巻一に「後五百歳遠く妙道に沾わん」とある。
三大秘法の南無妙法蓮華経が末法に広宣流布することの依文ともなっている。日寛は依義判文抄及び撰時抄愚記にこの文を釈して、遠とは末法万年、未来永劫の義、沾とは流布の義、妙とは能歎の辞、道とは所歎の三大秘法であると述べている。
また、道の字が三大秘法であることについて、三義を明かし
一に虚通の義・即本門の本尊
二に所践の義・即本門の戒壇
三に能通の義・即本門の題目とする。
「後五百歳遠く」は、末法万年尽未来際にということで、「妙道に沾わん」は、三大秘法の南無妙法蓮華経が広宣流布することを意味するとしている。
法華経薬王菩薩本事品第二十三に「我が滅度の後、後の五百歳の中に、閻浮提に広宣流布して、断絶して、悪魔、魔民、諸天、慧、夜叉、鳩槃荼等に、其の便を得せしむること無かれ」とある。
仏教の歴史を振り返ると、釈尊滅後のインドでは、紀元前三世紀ごろには小乗経が弘まり、阿育大王の政治はその根底に仏法の理念を置いていた。
また、つづいて西北インドには大乗仏教が興隆し、ガンダーラ文化が栄えた。像法時代に入ると中国における天台の法華経迹門の流布、日本における平安初期の伝教の迹門の戒壇建立は、広宣流布の先例とされる。
日蓮は末法に広宣流布すべき法門として南無妙法蓮華経の大白法という法体を打ち立てた。そして南無妙法蓮華経の唱題行と本尊図顕によって三大秘法を明確にしたのである。
諸法実相抄では「剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし」と述べ、撰時抄には「大集経の白法隠没の時に次いで法華経の大白法の日本国並びに一閻浮提に広宣流布せん事も疑うべからざるか」と。
撰時抄は、建治元年(一二七五年)、五十四歳の時、駿河国西山の由比氏に与えられた。宗教の五綱の中でも時の重要性を説かれ、折伏と広宣流布の大事、末法の本仏である確信を述べている
撰時抄に「法華経の肝心たる南無妙法蓮華経の大白法の一閻浮提の内・八万の国あり其の国国に八万の王あり王王ごとに臣下並びに万民までも今日本国に弥陀称名を四衆の口口に唱うるがごとく広宣流布せさせ給うべきなり」
高橋殿御返事に「一閻浮提の四分が一の王となる所謂阿育大王これなり」。他の御書には三分の一という表現もある。
一切衆生に流布することが広宣流布なのか。世界の三分の一あるいは四分の一なのか。現実問題として世界の一切衆生が入信しなかったら広宣流布とは言えないとするとほとんど不可能なことであろう。
日興は日興遺誡置文で「未だ広宣流布せざる間は身命を捨て随力弘通を致す可き事」と遺命している。
日蓮正宗教学には「本門教主釈尊・本門戒壇・南無妙法蓮華経の広宣流布あるべき事の三箇の秘法と申すなり」とある。
したがって広宣流布を簡単に言うと、仏法を広く世界に弘め伝えることによって平和な社会を築くこととなる。
六万恒河沙(無数の意?)の地涌の菩薩を地涌千界という。地涌の菩薩は、末法に南無妙法蓮華経を広宣流布するために上首上行とともに出現した菩薩である。末法に三大秘法の御本尊を信受し上首上行を助ける働きをしながら弘通する者は地涌の菩薩である。
もっとも地涌の菩薩の数は現在の地球上の人類の数より多いので、人類の全てが地涌の菩薩に変われば広宣流布は達成してしまう。少々疑問でもある。早く広宣流布したければ、地涌の菩薩がどんどん出現するだけで済んでしまうことになる。
せっかく人間に生まれたのに地涌の菩薩であったことを忘れてしまっているという発想は愉快でもある。だから自覚させるのが折伏だというのもなんとなく弁解がましい感がある。さらに一木一草、菩薩でないものはないとなると、これらをどうやって自覚させるのか不思議である。
一木一草はさておいても仏と同格の地涌の菩薩たちであっても、人間に生まれたら折伏されないと自覚できないというのも情けない菩薩たちである。そんな菩薩に対し末法の教主釈尊に初めて結縁される本未有善の衆であるというのも変である。
もっともいきなり悟ったりして、自分は神である、仏である、使いである、キリストや釈迦の生まれ変わりであると叫ばれても困ってしまうのだが・・・。このことは別のところで論じたいと思う。
地涌の菩薩であると自身の使命と本地を自覚した戸田は、原水爆禁止宣言の中で「広宣流布はわれわれの使命であることは申すまでもないことであり、これは是非ともやらなければならんことである」といい、広宣流布は創価学会にとっても重要な課題であることを強調している。
ついでといってはなんだが、戸田の悟りはあくまでも「地涌の菩薩」の自覚と「仏とは生命」の二点であって、神秘体験とは「小説 人間革命」の執筆にあたりその手伝いをした石田次男の小説的手法による創作である。石田本人の弁である。
しかし学会員は地涌の菩薩であると言いながら、上首上行が誰であるのか明言していないのである。誰を中心にして戦えばいいのか困ってしまう。
広宣流布の活動のメインは折伏である。しかし折伏だけでは限度があるのかもしれない。折伏は個人的な人間関係によってなされるものである。もっとも昔は見ず知らずの通りすがりの人にいきなり仏法対話を始めたことがあった。独裁国家なら一国の元首が宣言すれば済む話でもある。
折伏とは、相手の邪義、邪法を破折して正法に伏させる化導法のことである。破折屈伏の義で、仏法流布にさいして用いられる化導法の一つである。勝鬘経十受章第二、摩訶止観巻十下等に説かれている。
日蓮は佐渡御書に「摂受・折伏時によるベし」と述べ、開目抄に「無智・悪人の国土に充満の時は摂受を前とす安楽行品のごとし、邪智・謗法の者の多き時は折伏を前とす常不軽品のごとし」と示し、如説修行抄には法華玄義巻九上の文を引かれて「今の時は権教即実教の敵と成るなり、一乗流布の時は権教有つて敵と成りて・まぎらはしくば実教より之を責む可し、是を摂折二門の中には法華経の折伏と申すなり、天台云く『法華折伏・破権門理』とまことに故あるかな」と述べ、邪智・謗法の者が充満している末法においては、折伏を用いるべきであると明かされている。
摂受・折伏時によるベしとの日蓮の言葉と日興の随力弘通は、現代の世情を鑑みれば当然の化導法といえるだろう。
更に末法の折伏には二義がある。一には化法の折伏。日蓮が一切の邪法・邪義を破して、末法弘通の法体である南無妙法蓮華経を顕されたことで法体の折伏ともいう。二には化儀の折伏。邪な宗教を打ち破って、日蓮仏法を広宣流布していく弘教活動をいう。
化法の折伏とは、法体の折伏でもある。仏の教法・法門それ自体によって他宗の教義を破折すること、法門それ自体が他の教えを破折していることとなる。日蓮が三大秘法を建立されたことがそうなる。
次に化儀の折伏とは、現実社会のなかで正法を護持し、流布して、その功力を顕証していくこととなっている。化儀は化導の儀式のことで、随力弘通、形体化、現実化の意味がある。
観心本尊抄文段には法華玄義巻九上の文と涅槃経巻三の文を引いて「一には法体の折伏。謂く『法華折伏、破権門理』の如し。蓮祖の修行これなり。二には化儀の折伏。謂く、涅槃経に云く『正法を護持する者は五戒を受けず威儀を修せず、応に刀剣弓箭鉾槊を持すべし』」と述べている。
日蓮の修行と化導は、この三大秘法を顕すためであり、南無妙法蓮華経という最高の法体の弘通は、外道・小乗・大乗・爾前・迹門並びに応仏迹中の本門までの一切を、おのずから破折している。
観心本尊抄に「当に知るべし此の四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成つて愚王を誡責し摂受を行ずる時は僧と成つて正法を弘持す」と述べている。
この文を釈して観心本尊抄文段に法華玄義巻九上の文と涅槃経巻三を引いて「折伏に二義あり。一には法体の折伏。謂く『法華折伏、破権門理』の如し。蓮祖の修行これなり。二には化儀の折伏。謂く、涅槃経に云く『正法を護持する者は五戒を受けず威儀を修せず、応に刀剣弓箭鉾槊を持すべし』等云云。仙予国王等これなり。今化儀の折伏に望み、法体の折伏を以て仍摂受と名づくるなり。或はまた兼ねて順縁広布の時を判ずるか」とある。
賢王とは、指導者であり、リーダーである。僧とは知識者であり、今日にあってはオピニオンリーダーといえるだろう。指導者は愚かな指導者を誡責することが折伏となる。オピニオンリーダーは摂受を持って社会に影響を与える存在でもある。SGIの世界広宣流布の戦いに僧侶は必要ないということになる。
一閻浮提(全世界)への広宣流布をめざすにあたって、折伏の上の摂受という化導法こそが随力弘通となって有効な場合がある。
すなわち「末法に摂受・折伏あるべし所謂悪国・破法の両国あるべきゆへなり」との御文について、日寛は「末法は折伏の時なりと雖も、若し横に余国を尋ぬれば、豈悪国なからんや。その悪国に於ては摂受を前と為すべし。然るに日本国の当世は破法の国なる事分明なり。故に折伏を前と為すべきなり」とされて、破法の国でない場合においては、摂受のいき方をすべきであると示している。要するに信心していない場合でも、邪知謗法の人と無知悪人の人の二種類の人がいるということになる。
摂受とは、相手の違いを認めつつ次第に誘引して正法に入らせる化導法のことで、摂引容受の義である。勝鬘経十受章、摩訶止観巻十下等に説かれている。
一切経は摂受の説相を明かしたもので随他意の教えと、折伏の説相を明かしたもの、すなわち随自意の教えとに分けられる。
42年間の四味三教(爾前経)は衆生の機を弾呵し誘引して、法華一乗の機に入れるための方便教であるゆえに摂受の説相が説かれている。これに対して法華経は折伏の説相が説かれた法門である。
このように随他意の教えの後に随自意の教えが説かれたのは、在世の衆生の機根は本已有善であり、已に善根のある衆生であるゆえに強いて法を説いて反対させ、積善の功を消す必要はない。故に弾呵したり誘引して衆生の機を調機調養して、法華一乗の機に調えてから、法華経を説法したのである。
釈尊滅後一千年の正法時代も、在世において得道できなかった衆生が小乗教、権大乗教を縁として法華経の下種に立ち帰り得道できたとされる。像法時代に入ると、天台が出現して三大部を説き、特に摩訶止観において一念三千の観念観法を説いて衆生を得脱せしめた。
天台は摂受を表とし折伏を裏として説いた。そのことを百六箇抄には「天台は摂受を本とし折伏を迹とす、其の故は像法は在世の熟益冥利の故なり福智具足の故と云えり」と述べている。
また開目抄に「無智・悪人の国土に充満の時は摂受を前とす安楽行品のごとし」と示されている。末法においては一向に折伏であるが、無智・悪国があるゆえに摂受をもって弘める国土もある。これは折伏のうえの摂受である。



第二項 修行の対境としての三秘(三大秘宝の現代的実践)

ここで、三大秘法の意味をもう一度一つづつ取り上げて、そのうえで三大秘法の現代的な考察をしておきたい。
すなわちなぜ戒が本門の戒壇になり、定が本門の本尊になり、慧が本門の題目になるのかをもう一度、検証してみる必要がある。そうしないと三大秘法をさらに現代的に展開出来ないからである。なぜ現代的に展開しなくてはいけないのかも明確にならないからである。
それでは戒が何故、本門の戒壇になり、文化になるのか考えてみたいと思う。本門の戒壇についても様々な見解があると思うが、文底よりみれば、本門の本尊の顕現の場となる衆生の体を持って戒壇としなくてはいけないだろう。これが理法の戒壇である。戒壇と戒法は同義なのである。
理法のみでは、本覚思想に陥りやすく、個人の修行のみの三大秘法では、世界的に展開しずらくなることは目に見えている。理法と事相が相まって個人の幸福と世界の平和実現の方途が示されることだろう。
広辞苑や他の辞書で文化とは、文徳で民を教化すること。世の中が開けて生活が便利になること。人間が自然に手を加えて形成してきた物心両面の成果。衣食住を初め科学・技術・学問・芸術・道徳・宗教・政治など生活形成と内容とを含む。文明とほぼ同義に用いられることが多いが、西洋では人間の精神的生活に関わるものを文化と呼び、技術的発展のニュアンスが強い文明と区別する。文化の創造・維持・発展を再考目的とする国家を文化国家ともいう。
文化とは人間の行為そのものと言える。その行為にある程度規制を設けたのが戒であろう。小乗教の戒は、戒律を守ることが主体となっている。仏の定めた一切の戒律を守って悪を防ぐことが目的である。
小乗教の戒が具体的な禁止事項であるのに対し、大乗教に説かれた戒は精進して衆生のために尽くす利他の実践修行を勧めるものが主となっている。律儀戒とは、仏が律条儀則を設けて抑止した戒で、定共戒とは静慮戒とも釈し、三種戒の一つで修定の中に自然に防非止悪の徳がある戒で、よく色界・無色界に生まれる戒とされる。道共戒とは無漏律儀とも釈し、三種戒の一つで、修行の結果、見惑断の無漏見道の智慧に防非止悪の徳が自然に備わる戒である。
そして、戒も随方毘尼(随方とは地方地方に随うこと。毘尼とは律)となって、根本において仏法に違わない限り、その形式等はその国情や地方の風習、しきたりに準じていくべきであると説かれている。
月水御書に「委細に経論を勘へ見るに仏法の中に随方毘尼と申す戒の法門は是に当れり、此の戒の心はいたう事かけざる事をば少少仏教にたがふとも其の国の風俗に違うべからざるよし仏一つの戒を説き給へり」と述べている。
一念三千の法門を説き明かした天台は一念三千の観念観法に戒定慧の三学がことごとく収められていると説き、法華経では戒定慧の三学は妙法に具わると云った展開が、天台教学である。
日蓮は、末法で初心の者の仏道修行は布施、持戒等の五波羅蜜の修行を制止して、南無妙法蓮華経と唱えることが法華経の根本意であることが明かしている。そして、三学を三大秘法と言い換えたのである。戒は戒壇となり、その展開の仕方は次のようになる。
日興の上行所伝三大秘法口訣に一、本門寿量の大戒を虚空不動戒という。これを無作の円戒と名ける。また本門寿量の大戒壇ともいう。故に本門の戒壇となる。
展開の仕方は名付け方によるのである。勝手に名付けてどんどん展開しても良いという意味ではない。当然、それなりの裏付けもしなくてはいけないが、すべては南無妙法蓮華経と法体の宝号に名前を付けたところから設けられた境界なのである。
「戒」の特質は防非止悪である。これを「国家・文化・芸術の共存・共生の秘法」と名付け「共存・共生の人道」を「文化、芸術立国の実現と名く」と展開することによって、仏道修行としての文化活動となる。
広宣流布運動は世界の人々に対しての下種活動となり、仏法に目覚めさせる契機を与える。そして仏道を促すことになる。現代において広宣流布が社会運動と定義されると、当然、社会的責任を生じる社会団体としての文化活動の基本路線を明確にする必要がある。本門の戒壇が何故、文化運動となり、この活動自体が仏道修行となるのかを定義できなくてはならない。
下種仏法における本門の定義によって、その修行の形式を明確することになる。戒律がなぜ末法にあっては本門の戒壇になるのか。その理由を明らかにしたのは日興である。
戒律を護ることは、社会にあっては社会規律を守るようなものである。仏道修行にあっても、その戒律を作成することは修行僧にとっても教団を維持する場合でも必要なものであった。その戒律に対し、日蓮がとった姿勢は当時にあっては、極端なものであった。金剛宝器戒というたったの一つの戒である。
教行証御書に「法華経の本門の肝心妙法蓮華経は三世の諸仏の万行万善の功徳を集めて五字と為せり此の五字の内に豈万戒の功徳を納めざらんや但し此の具足の妙戒は一度持って後、行者破らんとすれども破れず、是れを金剛宝器戒と申しけんなんど立つべし。三世の諸仏は此の戒を持って法身報身応身なんど何れも無始無終の仏に成らせ給ふ」と。
さらに、修行としての戒の定義変更である。戒を単純に戒律とする従来の解釈では、末法の法華経の修行に相応しくないと日蓮は考えた。日蓮が考えた戒は、本門の戒壇である。この本門の戒壇の定義が日蓮仏教の特徴の一つともなっている。
「定」や「慧」に対しても「戒」と同様の展開をさせてもらうことになる。平和活動、教育活動への現代的展開である。
戒壇が本尊を安置する堂と解釈されるのは当時の社会状況の上から致し方ないだろう。さらに日蓮は、本門が単なる経文上の優劣ではなく、一人の人間の生身観となって展開されていくのである。
そうなると戒壇の定義は、一重深くなる。末法の法華経の行者は、その心と命という状態において、菩薩の一身そのものが「戒」となる。これが本門の戒壇の真意である。
広宣流布と衆生の成仏という視点は、「戒」の定義に多少の差がある。個人の罪障消滅にあっては、菩薩の一身である自身となり、社会の宿命転換にあっては、法を広める社会そのものが「戒」となる。この場合は、具体的には、社会にあってその社会を形成する様相そのものが「戒」となる。すなわち文化である。
したがって戒は本門の戒壇であり、善行止悪という作用こそ文化の本義となる。人間が地球上に様々な生活様式を作っていても、人類という共通の意識を持って共生することにより、異文化間の争いを止めることも可能となる。
さらに人間と自然が共生・共存するという依正不二の原理を掲げる仏法哲理の実践は、人間が人類として自然の中に共生・共存を可能とする。
さらに戒・善行止悪は、倫理性と欲望の制御をも含まれている。欲望に奉仕する文明ではなく、また両刃の剣である科学技術に対しても善行止悪の戒と行動を必要とする。
すなわち、戒としての文化を建設するためには、その根底に善悪を見極める智慧が必要となる。利剣明智の慧は、菩薩の唱える題目の智慧の発露である。智慧は人格の淘冶、菩薩の行の実践、智を磨き開発する。
その意味における教育の改革の本義も個人の智慧の発露として教育は民衆を自覚の道へと歩ませる。そして民衆の時代を前進しゆく原動力となる。智慧の発露なしに開発される平和文化はない。健全なる文化の土壌なしには平和の建設はない。教育は人間を動かし、時を創造するともいえる。
末法にあっては、社会であり、今日においては地球的規模の広がりを含んだ空間そのものが、文化といえる。地球上の様々な異文化も“人類の文化”としての視点は、菩薩道を行ずる場としての存在である。人類の文化、異文化の共存も日蓮仏教よりみれば戒が定の建設を促すことになる。
本門の戒壇を単に本尊の御安置する仏具及び建物だけでなく、家族、社会、国家、地球規模の文化の華を開花させる行動までも含んでいる文化活動であると拡大して考えても良いのだろうと思っている。
国家・民族をも超越して世界宗教へと飛翔する為の条件は、人間に対する普遍的価値観を必要とする。仏法は聖地を必要としない。常に本国土を自身が拠って立つ所、そこを依報とするからである。
そして正報に根本的な差別を設けないことである。正報は常に人間自身を尊極の尊体とすることによって人類に平等なる思考が生ずるのである。
また文化とはコミュニケーションの場でもある。初めは言葉であり、文字であり、音楽であり、絵画であったりした。戒律というルールも言葉や文字で表現したものである。戒壇はその戒律を守る誓いの場、実行する場でもあった。
これらが地域的広がりとともに地域文化が生まれていった。この地域が今日のようなグローバルに拡大されるとなかなか統一することが困難になってきたのである。異文化は異文化のまま文化交流をせざるをえない時代といえる。戒律も戒壇も同様である。
「地涌」の自覚とは、民族よりも、人種よりも、文化よりも、もっと奥深い、人間の根源の目覚めといえる。だから本地という。そこには、あらゆる異文化の差異の壁を突き破って、最も美しく、最も深く、最も強い「心」と「心」の連帯が開かれるのである。
永遠に広宣流布の前進を 永遠に、民衆の真っただ中に生まれ出て、民衆のために、民衆とともに、前進する。これが地涌の菩薩の誓願であり、宿願であり、悲願なのである。
広宣流布は、末法の教主釈尊から託された、一閻浮提へ、そして末法万年尽未来際への大事業である。
平和・文化の建設のためには、こうした深く、普遍的な次元での、心と心の結びつきが不可欠なのである。人の心と心をつなぐのが、文化力であり、平和な世界を築く親和力なのである。
文化とは平和・調和を助ける行動である。戦争から平和へ 、対立から調和へ、平和の連帯を大きく広げる力こそ文化と言える。
文化主義とは、対話というコミュニケーションと活字による言論が主軸となって展開される運動を意味している。
エマソンは、言う。「世界は、活力に満ちた人のものである。その強靭な意志は、新たな視点で物事を見ることを可能にし、他の人には見えないチャンスを見出す。誰もが、生命力の豊かな人の朗らかな声を喜んで聞くものだ」と。
「勇気の声」が、善を拡大するという意味だろう。勇気を胸に、朗らかに、活力に満ちあふれた声で、友情の対話を広げていく戦いも文化主義と言えるだろう。
生命は波動の如く振舞い拡大する。心は粒子の如く振舞い心を動かす。そして厳然と、「平和」と「文化」と「教育」の大連帯を築き上げることが可能なのである。
その意味でSGIは、世界 192 カ国・地域に広がった。これまで池田に授与された、国家勲章は 28 。大学・学術機関からの名誉学術称号は 277 (2017年3月16日現在)。世界の都市からの名誉市民称号は 660 を超え、五大州からの顕彰は、じつに4000を数えるまでになっている。
その池田が言う。「大聖人の御遺命は、世界の広宣流布にある。世界の民衆の幸福にある。これを、絶対に忘れてはならない。SGIの闘いは、あくまでも、世界、そして人類の救済にあるのだ。この世界広宣流布の大使命を果たしているのが、わがSGIの友である。皆様は妙法の種を蒔いている」と。
さらに「日蓮に直結して前進するSGIは、世界の「平和の柱」(主)である。青年の「教育の眼目」(師)である。人類の「文化の大船」(親)である。この深き誇りと確信を胸に、威風も堂々と進みたい」と。
この池田の言葉の中にも主師親の三徳の現代的表現が用いられている。広宣流布の戦いが、仏道修行で無い分けが無いだろう。
仏道修行としての広宣流布を目指すために、三大秘法を現代的に解釈し直すことに躊躇する必要があるのだろうか。
次に定が何故、本門の本尊になり、平和になるのか考えてみたいと思う。広辞苑や他の辞書で平和とは、やすらかにやわらぐこと。おだやかで変わりないこと。戦争がなくて世が安穏であることとある。また平和五原則とは、1954年中国首相周恩来とインド首相ネールとの共同声明の中に掲げられた原則で、領土・主権の尊重、不侵略、不干渉、平等互恵、平和共存をいう。
定は、梵語でサマーディという。心を一処に定めて動ぜず、散乱のない精神作用及びその状態をいう。三昧、禅定のことでもある。静慮の義で、等至ともいう。仏道修行の根本とされている。
出曜経巻六に「云何んが定と名づくる。所謂定とは、意退還せず、日に進んで却かず。三七二十一日、寂然として想無し……意錯乱せざれば、便ち禅定を得ん。意乱るれば、次を失す」とあり、舎利弗阿毘曇論巻十五には「何をか定と謂う。煩悩の未だ断ぜざる者の欲染断じ、正断し、寂静し、瞋恚・愚癡・煩悩障礙・覆・蓋・諸縛の悪行の滅し、正滅し、寂静す……是れを定と名づく」とある。
また仏垂般涅槃略説教誡経(遺教経)に「汝等比丘、若し心を摂めば、心則ち定に在り。心定に在るが故に、能く世間生滅法の相を知る……若し定を得ば、心則ち乱れず……行者も亦た爾り。智慧の水の為めの故に、善く禅定を修し、漏失せざらしむ。是れを名づけて定と為す」とある。
この定には各種ある。①小乗教の三禅。小乗教においては心を静める方法として、三種の禅定を立てている。一に味禅、二に浄禅、三に無漏禅である。
阿毘曇甘露味論に「禅定を得し一心にして心分散せざれば、智慧清浄ならん、譬えば油灯の風処を離るれば、明清浄なるが如し……是の諸の禅定には、三禅あり。味と浄と無漏となり」とある。
倶舎論巻二十八に「初めの味等至は、謂わく、愛相応なり、愛は能く味著す。故に名づけて味と為す。彼れは相応するが故に、此れは味の名を得。浄等至の名は、世の善の定に目づく。無貪等の諸の白浄の法と相応して起こるが故に、此れは浄の名を得……無漏定とは、謂わく、出世定なり、愛が縁せざるが故に、味著する所に非ず」とある。
このように、一の味禅とは物事に対して愛着の念を起こすのと同様に、心を一境に味著する定をいう。二の浄禅は、有漏世間の諸の善の定をいい、法性・仏性を見極める智があって心に対する愛着から離れ、境界が明らかなもの。三の無漏禅は、禅定がこぼれぬ義で、透徹した禅定で三界を離れて証果の確かなものをいう。
②権大乗教の禅定。大乗教では菩薩の修行として六度(六波羅蜜)が説かれる。六度とは、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧である。この中の禅定とは禅定波羅蜜のことである。
大智度論巻十七に「問うて曰わく、菩薩の法は一切衆生を度するを以て事と為す。何を以ての故に、林沢に閑坐し、山間に静黙し、独り其の身を善くして、衆生を棄捨するや、答えて曰わく、菩薩は身は衆生を遠離すと雖も、心は常に捨てず、静処に定を求めて、実智慧を得て、以て一切を度す……問うて曰わく、何の方便を行じて、禅波羅蜜を得るや。答えて曰わく、五事を却け、五法を除き、五行を行ず」とある。
③止観の四種三昧。像法時代に入ると天台大師は摩訶止観を説き、その中において、禅定を修する方法として四種三昧を明かしている。四種三昧とは、常行・常坐・半行半坐・非行非坐の各三昧行で、法華経の極理である一念三千の理を悟る正修止観の助縁となる。
④末法に入って日蓮は、禅定の当体を三大秘法の御本尊として顕されたのである。故に三大秘法のうち本門の本尊は戒定慧三学の中の定に配したのである。虚空不動定とも称している。
出世間禅に、観・練・熏・修の四種の禅定がある。定とは静慮の意味で、仏道を行ずる者が、よく慮を息め縁を静めて心を散乱させないようにして、法性、仏性を見得し、涅槃の道を悟らしめるための修行をいう。この禅定によって正しい智慧を生じ、煩悩を断ずることができると説いている。
小乗教の三禅や権大乗教の禅定などは人格セミナーでよく聞く視点がある。また止観の四種三昧なども人間力や人格形成セミナーでも見かける行動がある。
観とは、観照の義で、本能、欲望の迷いを観じ、愛欲の想を除いて仏教の真理に安住すること。また練とは、鍛練の義で、浅い法門から深い法門へ次第に練熟していくことという。熏とは、熏熟の義で、努力を重ねて習慣づけること。修とは、修治の義で、一つの現象にとらわれない自在の境地に達することをいう。したがって定が、よく慮を息め縁を静めて心を散乱させないことなので、これを現代的にいえば平和そのものといえる。 
日蓮は、末法で初心の者の仏道修行は布施、持戒等の五波羅蜜の修行を制止して、南無妙法蓮華経と唱えることが法華経の根本意であることが明かしている。そして、三学を三大秘法と言い換えたのである。定は本尊となり、その展開の仕方は次のようになる。
日興の上行所伝三大秘法口訣に一、本門寿量の本尊を虚空不動定という。これを本門無作の大定と名付ける。また本門無作の事の一念三千ともいう。故に本門の本尊となる。
定は禅定で、心を一所に定めて雑念を払い深く真理を思惟して安定した境地に立つことである。心を一所に定めて雑念を払い深く真理を思惟することが、何故、平和運動なのかその理由を述べてみたい。
「定」の特質は静思熟考である。これを「平和・安定・安心・安国の秘法」と名付け「平和・安国の人道」を「平和・安定・安心・安国の実現と名く」と展開することによって、仏道修行としての平和活動となる。
「国といい、社会といっても、その根本は人間である。人間の行動を決めるのは思想であり、哲学であり、宗教である。民衆が、何を規範とし、何を求めて生きるのか。それによって、社会のあり方は 大きく変わってくる。だからこそ、民衆一人一人が確固たる哲学を持つことが重要なのだ。私たちの広宣流布の運動は即、立正安国の戦いなのである」とは池田の言である。
釈迦仏法と日蓮仏法の違いを示した種脱法門より法華経を観れば、末法において上行菩薩の出現がなければ、法華経そのものの存在意義すら見失うということになる。
無作の三身が末法の法華経の行者という人格知に備わるのは、教主釈尊の本門の本尊の側面を顕している。宝号の南無妙法蓮華経は教主釈尊の観心の本尊の側面を顕しているといえる。
この日蓮の法の展開をさらに現代的に展開することは、時代の趨勢からいっても当然の方向性を持つものと思える。
人間個人における定は本門の本尊である。しかし日蓮仏教にみる安国は、世界平和をも意味しているはずだ。そして個人の集合がそのまま国家にはならないのは、現代科学の常識でもある。仮に日本国民の全てが日蓮仏教の信奉者になったとしても、国家には国家としての国際的責任と果たさなくてはならない義務が生じるのである。
日蓮の出世の本懐とは、三大秘法という法の建立である。したがって本尊図顕の形相・相貌は、法華経の図顕でも虚空会の儀式の図顕でもなく、日蓮の己心・己証の図顕なのである。このことを理解しないと日蓮の本意は取り次げないのである。
虚空会にいなかった八幡大菩薩が本尊に記載されている理由でもある。本尊図顕の相貌を完成させた弘安二年を重視したとしてもあくまでも日蓮の出世の本懐は三大秘法という法の建立なのである。
また発迹顕本とは一念三千を立てるために必要な言葉であって、自身の本地を表すといった意味で使うのは無理がある。そもそも今の自分は迹であるといった発想が間違いなのである。今を決定するのは、過去と未来より観た今である。(日蓮本仏論序説に詳細)
何故、今の自分は迹であると、何を持って言えるのか不明である。同様にSGIという組織・団体の今が迹であるなど一体だれが何をもって決めると言うのだろうか。仏法用語を拡大応用するときはそれなりに慎重に行って欲しいものである。
日蓮の真意を推し量るために、第一節で日蓮仏教の肝心たる三大秘法について縷々述べたが、問題はここからである。
日蓮仏教の三大秘法すなわち三学を現代の時代背景の上から解釈したのが池田であると確信する。なぜ末法の仏道修行の規範である三大秘法をさらに展開する必要があるのかがポイントになる。SGIが歴史上に出現した意味と日蓮仏教の総仕上げ、完成の意味をそこに観るのである。
平和・文化・教育の推進とはまさに現代の三学とも言えると思っている。この三項目は、いかなる地域、国家にあっても目指すべき基準ともなるからである。その意味で、平和・文化・教育が、現代的な三学になり得ると考えている。
日蓮仏法が世界宗教となり得るための、人間の、人類の共通の指針となるのが、平和・文化・教育の三大秘法的展開なのである。
池田の卓見には、目を見張るべきものを感じる。池田の悟りともいうべき言葉がある。曰く「平和・文化・教育の大道は 久遠元初 以来 未聞の王道なり」と。世界広宣流布を至上命題とする池田の悟りであろう。
そこで改めて三学の意味、三大秘法の意味するもの見てみようと思う。三秘総在の根本と定めた本門の本尊が、通常の感覚では尊行の対境としてであるが、日蓮にとっては、本尊もまた修行の為となる。過去のあらゆる宗教と大きく異なる特徴の一つといえる。
本尊が、教主釈尊の人間論的普遍的構造の実体化としての曼茶羅の本尊、即ち観心の本尊の実体化と人間存在の釈尊論的根源性としての本門の本尊とに立て分けることが必要なのである。本門の本尊と観心の本尊と曼陀羅の本尊を同列に論じると誤解を招く恐れがある。
「五百塵点の当初以来此土有縁深厚本有無作の三身の教主釈尊是れなり」「無作の三身とは末法の法華経の行者なり無作の三身の宝号を南無妙法蓮華経というなり寿量品の事の三大事とは是なり」
末法の教主釈尊が顕した曼陀羅の本尊、法華経の行者の当体である観心の本尊、南無妙法蓮華経という宝号を持つ本門の本尊の三つが事の三大事なのである。
したがって事の三大事という時は、法華経の行者の釈尊論的根源性としての本門の本尊、その本尊を顕現する場である法華経の行者の体を本門の戒壇、法華経の行者の唱える宝号に本門の題目を観るのである。
三大秘法を歴史上の現実相として観るから三大事というのである。三大秘法を実践論的に展開した日蓮仏教の本領といえる。もちろんこの解釈は日寛と多少異なるが、いくら日寛とはいえ現代の世界の情勢を予見できたとは思えない。
三大秘法はあくまでも仏道修行のための規範である。もちろんいつの時代であっても三大秘法そのものが仏道修行の規範であることを否定するつもりはない。
しかし広宣流布の活動が、現代において成されている以上、広宣流布の現代的解釈だけでなく、三学も同時に現代的解釈が成されても不自然ではないと思う。これは個人的信仰の在り方と修行の在り方だけでなく、広宣流布という社会的活動の在り方および社会的な立場において修行の意味合いを考慮する必要があると思うからである。
時代に応じ機に応じて法を説くことの重要性は、日寛も認めていることである。衆生が自力で自己の根源性を覚知するといっても、天台家のように自力の観念観法の修行ではない。また、曼茶羅の本尊の力用によって観心の義を成ずるのであれば他力すぎて自由と平等がない。
法を師として、自身の仏界に植えられた仏種を自身で成育し開花させる不断の実践が末法の衆生に課せられた修行なのである。先駆者日蓮の観心の本尊を受持して、一切衆生が自己の本源的実相である本門の本尊の力用としての自身の覚知を成仏というのである。
本門の本尊(虚空不動定)とは、根本として尊敬するものであり、衆生が信ずる対境をさす。すなわち修行としての本門の本尊である。
そこで「定」を「社会の平和と個人の幸福」と定義することによって、修行としての平和活動の実践に輝きが増してくる。この展開が運動論としての平和活動となる。
曼陀羅の本尊と本門の本尊の違いを明確にし、観心の本尊と本門の本尊の違いから、社会運動としての平和推進活動を修行とするのである。個人の幸福とは、生存の安定がその基本となる。人権の尊重、生命の尊厳等は、すべてこの発想から生まれるといっても過言ではないだろう。
平和実現が現代における三秘の第一である。したがって平和に関する三視点を定めることによってSGIの出世の本懐がはっきりする。
平和に関する三視点とは、日蓮仏教を根幹とした(本門)平和の実現、個人の幸福実現のための観心の平和、旗印として掲げる平和の象徴である。
定は本門の本尊であるが、具体的な現実相にあっては、曼陀羅の本尊である。この本尊を静思塾考の修行の対境として把握するのである。そして戒が定をたすけるとは文化の交流、人間の対話なしに平和はあり得ないということである。人類の平和創造の原動力は人間としての自立、自己完成へと静思塾考を必要とするのである。
自覚した人間の思考の対境を平和へと向かわしめる姿を定というのである。静思塾考といっても山林に隠れて一人で思索することではない。文化が平和を助けるのであり、文化の存在する場こそ平和の建設される所となる。
定は静思塾考、平和創出の源泉と人として自立した人間、自覚ある民衆の自立と判断によって支持される宗教こそ、世界宗教たる所以ともいえる。
個における自立は人間の確立である。その人間が智恵を開発し健全な文化国土を耕すことによって平和は樹立する。
平和とは何かといえば人間の煩悩を止め縛り斬ることによって表出する安らぎである。平和を希求することは、末法の法華経の行者である菩薩にとっては、三大秘法の存在論でもある。
現実の生活のなかで価値を創造し、社会に平和の連帯を広げていく。SGIの民衆運動は、まさしく民主主義の真髄の理想を体現しているのだ。民主主義とは民衆が賢くなる事である。
次に慧が何故、本門の題目になり、教育になるのかを考えてみたい。広辞苑や他の辞書で教育とは、教え育てること。望ましい知識・技能・規範などの学習を促進する意図的な働きかけの諸活動であると。
日蓮は、末法で初心の者の仏道修行は布施、持戒等の五波羅蜜の修行を制止して、南無妙法蓮華経と唱えることが法華経の根本意であることが明かしている。そして、三学を三大秘法と言い換えたのである。慧は題目となり、その展開の仕方は次のようになる。
日興の上行所伝三大秘法口訣に一、本門寿量の妙法蓮華経を虚空不動慧という。これを自受用の本分と名ける。また無作の円慧ともいう。故に本門の題目となる。
「慧」の特質は利剣明知である。これを「人類の可能性の開発・能動の秘法」と名付け「真の人間教育の人道」を「人類の可能性の開発・能動の実現と名く」と展開することによって、仏道修行としての教育活動となる。
慧についても①さとい、かしこい、明らか、などという意味である。②物事の道理を悟り、是非善悪を思慮・分別する心の働きをいう③戒・定・慧の三学の一つ。仏道修行の重要な実践規範とされている。
禅定に入り、静められた心で真実の法理を観察すること。法華経譬喩品第三には「汝舎利弗すら尚此の経に於いては信を以って入ることを得たり」と、智慧第一の舎利弗さえ信によって法華経の悟りに入ったことを述べている。
四信五品抄には「所謂五品の初二三品には仏正しく戒定の二法を制止して一向に慧の一分に限る慧又堪ざれば信を以て慧に代え・信の一字を詮と為す、不信は一闡提謗法の因・信は慧の因・名字即の位なり」と述べられ、信心こそが肝心であり、以信代慧の法理によって、三大秘法の御本尊に対する信力によって仏の智慧を涌現させることができると示されている。
智慧とは、事物・事象の是非・善悪を分別し真理を見極める認識作用とされるが、それだけではない。諸法の実相を照らし、無明を破して悟りを得る働きともにその悟りを外に向かわしめる能動性をも意味しているのである。智と慧に分けて観ると、悟りを導く基となるものが慧で、外に向かって働くもの、発現するものが智であるとなる。
智慧は慈悲とともに仏の徳性とされる。法華経方便品第二には「諸仏の智慧は甚深無量なり。其の智慧の門は難解難入なり。一切の声聞、辟支仏の知ること能わざる所なり」と、仏の智慧の広大さを賛嘆している。
日蓮は御義口伝に「三世の諸仏の智慧をかうは信の一字なり智慧とは南無妙法蓮華経なり」と言われている。南無妙法蓮華経には一切の諸仏の智慧が具わっているが故に、南無妙法蓮華経の一法を信ずることによって甚深無量の智慧を得ることができるとの意である。
現代社会にあって、教育問題はその問題の本質を見抜く英知が、正しい人間観に則って輝く智慧を必要とする。
したがって「智慧」を「人類の可能性の開発と能動」と定義することによって、慧の運動論が見えてくる。
慧は本門の題目であり、利剣明智である。現代文明に巣食う病根を断ち切る智慧の利剣であり人間の様々な欲望のコントロ-ルや科学技術の指向性をうながす人類の英知という視点において、教育の本義をみるのである。
故に日蓮仏教を根幹にした教育運動が、無明を破して真理を見究める認識だけでなく、人類の自発能動による平和・文化の構築の力を発動させることになる。
さらに慧によって導かれる仏道とは、生命尊厳の思想となる。人権の尊重ともなる。真の人間教育によって導かれる希望の道標でもある。智慧の発露は人類が歩むべき大道を照らす希望の光源でもある。教育とはかくも峻厳な人間だけが成しえる崇高な行為と言える。
定によって慧を発しとは平和への思考性によって偏った教育でなく人間の智慧を開発する教育のあり方がみえてくる。人間を賢明し、人間の精神性を高め、人間の哲学性を深める教育をして、平和を求め人類の破局を止める源泉となるだろう。
高い精神性と深い哲学性は、人間の意思と人格を通じて人間を陶冶する。自由・平等・慈悲は人間の尊厳として犯されてはならない権利である。
したがって、人権を踏みにじるのも人間である以上、人間の精神性を高め、自覚した人間による判断力が欠かせないのである。
自覚した人間とは、自覚した民衆でなくてはならない。人間の持つ魔性が現実の世界に権威、暴力であると位置づけてこれらに屈しない行為を善とする判断基準を持つことこそ、生命の尊厳、人権の尊重を標榜することになる。
人間が自身の変革の必要性を感じる時、それは運命や宿命との戦いの中においてしばしば思うものである。運命とするか使命とするかは、自身で決定できるという自由意思による哲学は、人間への深い洞察を持つかにかかっている。
三大秘法を日蓮仏教の究極として把握することは、末法の大白法が菩薩行に集約されていることを意味している。菩薩行の中に末法尽未来歳に亘る衆生救済の根本の法があり、この法を現代に応用しきってこそ日蓮の出現によって完成された仏教の最終章ともなる。
日蓮が、自己の現在を確定したことを一切衆生にも普遍的に展開させる為に説き明かしたものである。自己の本地を覚知した先駆者日蓮の慈悲の行為に他ならない。人間の個における自由と平等と慈悲を根底にするところに日蓮仏教の現代的意義がある。
池田は言う「教育者は、全世界の父であり、母である。ゆえに教育は、人間を創り、平和を創り、文化を創る力である。」
「教育者は遠き未来を展望せよ」
「教育は未来を創る聖業 世界の命運を担う誇りを!」
「教育こそ、未来を創り、時代を創り、希望を創る力である」
「教育で正しい価値観を教えていくことは、将来にとってじつに大事なことなのです」
「実際、どうして宗教と教育を、切り離すことができようか。宗教心の伴わない知識は知識ではない。それは、内面的あるいは外面的の理論的能力あるいは他の技能的能力が発達したものではあるかもしれないが、人間の魂を育てる力ではない」 (宇山直亮訳『歴史の 生命』日本教文社)これは、イギリスの歴史家カーライルの言葉である。人間をつくる。精神を豊かにする。そのためには、生命を深く洞察した哲理が不可欠であろう。」
「人間の可能性を開発せよ!」
「宗教であれ、教育であれ、狭い裾野しか持たなければ、それは人類のすべてが共有できるものとはなりません」
「世界の人々が無知と偏見に立ち向かうための新しき"人類意識"を目覚めさせるものです。」
「仏教と教育が出あい、世界に新たな英知を提供していく、SGIのような運動は、じつに重要な意義を持っていると私は思っております」
「人を尊敬できるかどうか。ここに、人間としての本当の偉さが光る。」
「声もをしまず唱うるなり。南無妙法蓮華経こそ、全人類の仏性を目覚めさせゆく音律である。究極の希望の大法である。」
「人間の能力は使わなければ伸びない。智慧の光で人々を照らせ。世間の治世の法を十分に心得ている人を、智者というのである」
「教育は、厳しくも温かくなければならない」
「世界に平和・文化・教育の大光」
「世界一 平和と文化の 創価かな」
「いまだ争いの絶えない世界にあって、平和・文化・教育に光を送るSGIの民衆運動が、どれほど求められ、模範とされ、賞讃されているか。各国各地からの顕彰は、校挙にいとまがない。」
「人と会え! 共と語れ! 心を結べ! さあ対話の時代だ。われらは『平和の柱』『文化の大船』『教育の眼目』を」



第三項 世界広宣流布について

「戒」を「文化、芸術立国の実現と名く」と定義。
「定」を「社会の平和と個人の幸福の実現と名く」と定義。
「慧」を「人類の可能性の開発・能動の実現と名く」と定義。
このように戒定慧の三学を展開することによって、世界広宣流布のための三学が明確になってくる。
故に本門の戒壇は、日蓮仏教を根幹にした文化、芸術立国の実現の推進運動となり、本門の本尊は、日蓮仏教を根幹にした社会の平和と個人の幸福の実現推進運動となり、本門の題目は、日蓮仏教を根幹にした人類の可能性の開発と能動の実現推進運動となる。
したがって平和、文化、教育の推進運動こそ末法尽未来歳に通じる広宣流布実現のの真の仏道修行の姿ということになる。池田は「平和、文化、教育の大道は、久遠元初以来の未聞の王道」であると指導された。
個における定慧戒の順序性は、社会にあっては戒定慧の循環性を持って、文化が平和を志向し、平和が教育を促す。そして教育が平和と文化の本来の有り方を指向する。まことに慧によって仏道を証得することになる。この仏道こそ、日蓮にとっては「菩薩行」に他ならない。広宣流布が社会運動へと展開されると、この実践こそ日蓮仏教における「菩薩行」そのものとなるのである。
何を勝手なことを言っているのかという批判はあろうが、それでは、現実の世界情勢にあって、如何なる広宣流布の展望を語るというのだろうか。聞かせて欲しいものである。現実に日蓮との約束を果たそうとするなら、甘ったれた理想論など聞きたくない。
さらにその理想を現実にどのように、どの程度、いかにして推進してきたのか聞いてみたいものである。実際にそのためにあなたは何をしてきたのかと問わざるを得ないのである。 
その答えを持たないものにSGIの実践運動を批判することは、まことに恥ずかしい行為であろう。なにほか言わんやである。
次に筆者の解釈が可笑しいというのであれば、SGIが世界広宣流布に果たす行動の別解釈を述べればいいだけである。つまらない感情論や無意味な呟きなどではなく、それなりの論考を公表して欲しいものである。
SGIは対話で社会をリードする。池田は言う。「SGIは、大聖人に直結した、仏の眷属の集いである。 広宣流布という大使命を帯びた、仏の教団である。 御本仏・日蓮大聖人の大願である『大法弘通慈折広宣流布』は、そのまま、仏意仏勅の創価学会が断じて成就していくのだ」これが、戸田先生の誓願である。弟子である私の誓願である」と。
また「関西池田記念会館の『池田記念講堂』に御安置されている関西常住の 御本尊には、 「大法興隆所願成就」と脇書されている。さらに大聖人の甚深の御心が留められた、広布大願の御本尊こそ、師弟会館に 御安置された御本尊であられる。 向かって右に「大法弘通慈折広宣流布大願成就」、左には「創価学会常住」と認められている。」
「リーダーは威張ってはならない。本当に偉大な人は謙虚である。外面を繕い、虚栄でわが身を飾る人間が、上に立ったら大変だ。仏法者ならば、根底に慈悲がなければならない。その上で、『強敵には強く』『弱者には温かく』『同志には優しく』。そのように私は心してきた。まずリーダー自身が人間革命するのだ。そこから一切の勝利は始まる。明るく朗らかに、誠実に、皆と調和して、守り合い、尊敬し合って、素晴らしい歴史を築いていただきたい。 何でも語り合い、励まし合いながら、気持ちよく、ともに広布へ前進していきたい。」
「世界を舞台に戦うのだ。広布の指導者は、まさしく妙法蓮華経の当体として、生き生きと若々しく、わが生命を光り輝かせていくことだ」
「また大聖人は「教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(御書1174ペ ージ)と仰せである。宗教の真の価値それは、人間の行動によって輝きわたるのである。」
「地涌の菩薩である一人一人が祈り抜き、邪悪を打ち破っていくことだ。この大乱戦の日々が今の広宣流布の姿なのである。 広宣流布に戦う、わが同志こそ地涌の菩薩である。」
「世界の広宣流布は、必ず普賢菩薩、すなわち「普く賢い」知性の力によって守護されていく。これが正しき仏法の定理である。」
「ホメロスの言葉に「力ではなく、説得によって、勝利を」とある。対話こそ、平和の武器である。」
「創価学会の発展で、見落としてはならない点は、それが"人間革命(復興)"に象徴されるように、一人一人を啓発し、人格を高めることを、最大の目的としてきたことです。その意味では、『比類なき大教育運動』といえるのではないでしょうか。」
「人間革命(復興)それは、まず自分が生まれ変わることだ。」
「欠点のある社会とは、多くの人たちが協調性なく、ある時は自らが皆の妨げとなり、個々の利己主義と無関心をむき出しにしながら、異なった方向へ前進する社会のことである」
「『教学』を身につける人は『哲学者』である。『哲学』とは、よりよき生活をしていくための『智慧』である」
「広布のために語った分だけ、知識に血が通う。生きた智慧となるのである。」
「広宣流布は、女性の力でできる。『女性は偉大なり』」
「真実を記し残せ」
「人間を変え、社会を変え、平和と安穏の世界を築く。それでこそ、個人の幸福も確立される。全人類を照らしゆく「太陽の仏法」に、世界の知性は未来の希望を託しているのである。私たちは、人類史の新たな扉を開く「立正安国」「広宣流布」へ、さらに力強く大行進してまいりましょう」
「無思慮、盲目的情熱、虚栄心の強い名誉欲、高慢は敵に利用され易く、味方を危険にさらす」
「人々に希望を送り、社会に平和を創造する」
「人間の本当の偉大さは、どこにあるのか。それは、華やかな表舞台で活躍することでは決してない。脚光もない。喝采もない。それでも、自分が決めた使命の舞台で、あらんかぎりの、師子奮迅の力を出し切って、勝利の金字塔を、断固、打ち立てていく。その人こそが、最も偉大なのである。慧眼の士は、その陰の労苦を見逃さない。また、そうした戦いに徹し抜いてきた人の風格は、おのずと、にじみ出てくるものだ」
「だれが、ほめ讃えなくとも、師匠にはわかる。もっと、もっと、まっすぐに師匠にぶつかっていく、それが弟子だ。師弟は「不二」であるからだ。求道の人の、勝利と栄光の証しは、一家眷属が勝ち栄えゆく福運となって必ず現れる。
「冥の照覧」は厳然であることを、どうか、晴れ晴れと確信していただきたい」
「平和な文化国家を創れ」
「英知と豊かな人間性を備えた人材を育てていく。それが教育の真の目的である。」
「行き詰まりを感じたならば、大信力を奮い起こして、自分の弱い心に挑み、それを乗り越え、境涯を開いていくことだ。それが我々の月々日々の『発迹顕本』である」
「我々人間は、物質的繁栄だけではなく、人間自身のこと、そして人間の連帯、共存ということに関心をもたねばなりません」
「大聖人は、破邪顕正の言論闘争を続けられて、「日本国中の人が南無妙法蓮華経と唱えるまでになった」
「我ら創価の実践は、大聖人が歩まれた広宣流布の対話の道に、まっすぐに連なっている。」「教育は精神の糧」
「教育を、豊かな、実り多きものにし、正しく導くのは、精神性である。決して政治ではない。」
「曼陀羅は「法華弘通の旗章」とは社会運動、世界広宣流布の旗標でもある。」
日蓮の三大秘法を現代的に展開した池田の発言には、微塵の迷いも戸惑いもない。広宣流布を人数によって決めたり、日本だけを対象にしたり、国教化することだったりと考えるのは間違いであることは明白である。
社会の各分野に妙法の「慈悲」と「智慧」が生かされ、「生命の尊厳」「人権の尊重」「平和の文化」が輝く社会を創造していく。 こうしたことも、広宣流布の具体的な開花である。  
広宣流布とは、最高の幸福の哲理、最高の平和の法理を、広めていく運動である。師から弟子へ、親から子へ、先輩から後輩へ。また、国を超え、階層を超え、あらゆる差別を超えて、広めていくことである。
前々項で述べたが再度、広宣流布の定義の変遷を見てみよう。
①日本国中にご本尊を流布すること(布教活動)
②舎衛の三億を実現すること(大智度論 竜樹)
③会員数2千5百万人達成(1/4 阿育大王)
④本門の戒壇建立(国立戒壇から正本堂)
⑤折伏・弘教運動の流れそのもの
⑥「生命の尊厳」「人権の尊重」「平和の文化」妙法の大地に展開する大文化運動
⑦日蓮仏法を基調とする平和・文化・教育の推進運動
⑧世界平和
これまでに8度も変更されている定義だが、最後に世界平和としたことは重要な意味があると感じる。
広宣流布は流れでもあるだろう。ただし流れの到達点ではなく、流れそれ自体であるとすることによって、何の流れかが明確になる。それは大文化運動であると定義することによって平和と教育の存在の仕方が決定されるからである。
その文化によって平和の在り方が、戦争と戦争の間といった平和の意味を一変させる。また教育も一部の権力者に都合の良い意図的な教育を否定する。
当然、そんな運動を望まない輩も現れるだろう。法華経に説かれる通り、悪世末法において広宣流布しゆく人々への嫉妬と迫害は、釈尊在世とは比較にならないほどである。その中で、SGIは池田を中心に「敵を味方に変える」勇気と智慧、誠実と忍耐によって、世界に妙法を広宣流布してきたのである。
世界192カ国・地域に及び、「舎衛の三億」の譬えに照らしても、比べものにならないほど壮大な広がりとなった。悪世末法において、正法を受持し、弘めていくことが、いかに希有なことであるか。仏教史、いな宗教史の奇跡とも言うべき大運動こそ、私たちの進めている「広宣流布」なのである。
大乗の論師・竜樹の「大智度論」には、有名な「舎衛の三億」が説かれている。仏に縁することの難しさを誓えたものである。すなわち、舎衛には「9億」の家があった。〈 「1億」は、「10万」に当たるとの説がある〉25年にわたる舎衛での化導によって、このうち3億は、釈尊を見たことがある。もう3億は、釈尊を見たことはないが、釈尊のことを聞いたことがある。さらに残りの3億は、釈尊を見ることも聞くこともなかったという。 それほど釈尊に縁の深い国土にあっても、 " 仏を見ることも聞くこともなかった人々 " が、まだ3分の1もいたらしい。これが現実である。
池田は言う。「わがSGIが、人類史上の先頭に立って切り開いてきた、仏法の人間主義を基調とする「平和主義」「文化主義」そして「教育主義」の大路線である。私たちは「万年」の未来を目指し「全世界」を舞台に、あらゆる次元で、壮大なる広宣流布の運動を広げているし、これからも広げていくのである」
「平和こそ全世界の母の悲願。この世から不幸をなくすのが広宣流布。
「我らSGIは、世界192の国や地域にわたる妙法流布を成し遂げてきた。尊き同志の皆様は、いかなる社会の変化にも即して、使命の天地で、地道に妙法を弘めてこられた。良き市民としての模範を示し、愛する国土の繁栄に尽くしてこられた。ゆえに、今日の発展があるのだ」
「その地の国情や慣習を完璧に尊重していかなければ、かえって法を下げてしまう。妙法は「妙なる法」「不可思議の一法」である。どのような社会の形態にも、いかなる時代の変遷にも、自在無碍に合わせながら、その地の人々の幸福の道を開き、その国土の平和と安穏の道を開いていけるのである」
「政治や経済の分野だけでは、真の友好はありえません。文化交流こそ、最も大切になってきます」
「民衆よ強く!民衆よ賢く!教育・文化の力が平和の推進力。SGIの対話運動は歴史つくる力」
「何千人もの男女、年齢差のある人々、国籍の違う人々、言語、肌の色の違うSGIのメンバーが、平等にそして『広宣流布』という、世界の平和と精神的な豊かさの実現のために、厳然とした決意を漲らせて集い合い、活動するのを見てきました」「SGIは、まさに『混乱の時代』の全人類の希望なのです」
「悪い人間に利用されるような、愚かな誠実であってはならない。善悪を見抜く、光る智慧がなければならない」
「一人一人が、仏法の道、広宣流布の道を正しく歩んでいくために、組織はある。しかし、組織のために、一人一人がいるのではない。心をつかみ、心を大切にし、心を合わせて広宣流布の和合僧の組織を築いていく」
「広宣流布とは、平和と文化と教育の「永遠の都」をつくる大事業である。正義と幸福の「永遠の都」。 民衆勝利の「永遠の都」。 人間讃歌の「永遠の都」。 生命尊厳の「永遠の都」。
常楽我浄の「永速の都」。これらの大建設は、人類が何千年来、求めてきた夢である。目標である。この偉業を根底から実現しているのは、わがSGIしかない」
三大秘法の実践こそ、末法の修行でもあり、人間革命なのである。ただ個人的な思いであるが、筆者は「人間革命」という表現がどうにも好きになれないところがあった。戸田が標榜した人間革命は明らかに宗教革命と同義である。決して間違いとは言わないが、馴染めないのである。そして池田は人間革命を様々に解釈して説かざるを得なかったのではと思っている。云く総体革命、全体革命、家庭革命等々である。
ここで人間革命について考えてみたい。牧口の箴言集 第6章 宗教の章の<宿命転換>の項に「馬鹿につける薬がある。どのような人であっても、たとえそれが、社会から見放されたような愚かな人であっても、御本尊を受持して、真剣に仏法実践に励めば“人間革命・宿命転換”が可能であることをいう」「御書にも人間生命の奥深くに染まった“三毒の病”は絶対に仏法による以外に治すことはできないとのべられている。しかも、煩悩即菩提・生死即涅槃の妙薬をもって、三毒を知恵に昇華させてしまうのである。」 牧口は戦前から人間革命について語っていた。戸田の牧口への思いが募らせたものが、小説「人間革命」であることがわかる。
戦後最初の東大総長である南原茂が東大の卒業式で講演した祝辞の中に「人間の主体性を取り戻さなくてはならない。今、人類はこの革命を前に自滅か復興か、二者択一の岐路に立っている。この革命は人間の名において(キリスト神学者らしくない)、人格の名(キリスト神学者らしくない)において行われなくてはならない。人間、人格の価値を回復していかなくてはならない(キリスト神学者らしくない)。そのために人間そのものの革命、人間革命を成し遂げなくてはならない。(キリスト神学者らしくない)」と語った。
1947年9月30日
キリスト神学者らしくない言葉に戦前の牧口の影響を感じるのである。牧口もキリスト教徒から仏教徒になったのである。戦前、南原は牧口思想の影響を受けていたと考えたい。純粋にキリスト神学者なら、カントの如く価値の根源に神を置くしかないので、人間の人格の名において革命するとは言えないし、人間、人格の価値という表現にも不自然さ、違和感を感じるのである。さらに翌年、南原は著「人間革命」を東大新聞社出版部で発行している。1948年3月25日 
「戸田城聖は、南原総長が『人間革命』の大切さを述べたことを知ると、喜びを隠せなかった」(『新 人間革命』第14巻88頁)と池田は記されているが、この時はすでに戸田は学会内の指導に於いて「人間革命」という言葉を使用して指導していることを学会員は知っている。
戸田が牧口のいう人間革命が、南原の云う人間革命とはまったく異なることを知っていたが、牧口より南原の「人間革命」が持て囃されていることに痛恨の思いだったと思える。牧口思想の宣揚をしなくてはと思ったと推測する。
翌年の1949年8月10日(戸田全集 人間革命の項)「終戦後、にわかに唱え出されたことばのなかに、「革命」ということばがある。おそらく戦争時代に教育を受けてきた者にとって、この革命なることばは、およそ日本の国家や社会とは縁遠いものと教えられ、考えられてきたにもかかわらず、戦後は何々革命と盛んに喧伝されるにいたったものである。 かつて、東大の南原総長は、人間革命の必要を説いて、世人の注目をあびたのであったが、われわれも、また、人間革命の必要を痛感する。ただし、その内容と方法においては、大いに異なっているのである。そして世間一般においても、革命の立脚点および、その理論と方法について、千差万別であり、無用の摩擦やアツレキの生ずる原因ともなっている。いま、われわれの提唱する「宗教革命」「人間革命」についてのべるには、宗教の五綱、宗旨の三秘、唯物論と唯心論の問題、認識論と価値論の問題等々、幾多の重要問題が解決されなければならないのであるが、ここにおいては、道徳的修養と、仏道修行の一面から考えてみることにする。」
「一般社会人は、仏の実体も知らず、まして三大秘法随一の、本門の本尊も知らないでいるが、よろしく宗教革命を唱え、人間革命を叫ぶものは、日蓮大聖人のご教示に対して、深く思いをいたすべきであると、信ずるものである。」
ここでの戸田の講演は、成仏という言葉を人間革命と定義し直したのと同じ意味合いといえる。戸田は仏という言葉も生命と定義し直したのである。新しく展開するためには過去の言葉の定義変更はどうしても通らなくてはならないものであると思う。
戸田は、二年後に創刊した創価学会の機関紙、聖教新聞に妙悟空のペンネームで自ら筆をとって連載小説を書き「人間革命」と題している。戸田にとって宿命の転換を意味する牧口の「人間革命」論は、牧口より何度も聞かされた言葉だったと思われる。そして「人間革命」を世に出すために手段として小説にしたのだと思う。
また、昭和32年8月の大白蓮華の巻頭言では「人間革命とは、人生の目的観を確立して自己完成することである。われわれは、生活を営んでいくうえに、何らかの人生観なり、社会観なりをもっているが、現在まで自分がもっていた人生観、世界観、社会観に変化を起こすことが人間革命であり、いいかえれば今までの生き方を根本的に変化させることである。中小目的より大目的へ、中小善より大善生活へ、現世だけの目先の目的観より永遠の生命観に立脚した確固不抜の生命観の確立にある」と述べている。
なお、戸田亡き後、池田も、聖教新聞に法悟空の名で「人間革命」「新・人間革命」の連載小説を執筆、連載。その一貫したテーマは「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」である。
牧口は仏教用語の転重軽受、罪障消滅を宿命転換と言い換えて、人間革命となった。戸田は、宗教革命と同義で語りながら自己完成への道へと進めていった。池田は全人類の宿命を転換させる方途として人間革命を人間復興へと進化させたと思っている。
もともと漢語の「革命」の語の起源は、易経に「湯武、命を革むるや、天に順い、人に応ず」とあるのによる。天子の資格は、本来、天命によるもので、後継者は天子みずからの優れた知恵と卓越した判断力によって定められるものであった。
神話時代の三皇五帝の代においては、たとえば堯が舜を見いだし、舜が禹を見いだして位を譲ったように「禅譲」が行われていたのである。
しかるに資格のあるべき天子も、迷いによって使命を忘れ、堕落し、悪政を行い臣民を苦しめることがある。そのときは、これを諫めそれでも聞かなければ位を追って天命を改めることもかまわないという考え方が生まれた。
これが「革命」であり、夏王・桀を討った殷の湯王、殷朝の紂王を討った周の武王などがその例である。
今日一般に使われる「革命」は英語のレボリューションの訳語で、レボリューションとは「回転、変動」を意味するラテン語のレボルティオから出ている。
とくに1789年のフランス大革命、1917年のロシア革命などに代表される。その内容としては「政治権力の根本的変革を中心とする社会の変動」と要約することができる。
これは、たんに一時的な支配者の変化や暴動による変動と区別するために規定されたもので、社会の根本的な柱を政治とする思想によるものである。
政治的社会的革命は、大きく①支配関係自体まで変動せしめる革命と②支配関係自体は変わらないでその中での変動とに分けられる。いうまでもなく、本来の意味での革命は①の場合を指すのであって、②の場合は含まない。
易経に説く革命と、ヨーロッパの政治的社会的革命との相違はここに明らかである。一応、この規定によっていえば、①の革命に属する代表例はイギリスのピューリタン革命、フランス大革命、ロシア革命、中国人民革命などがあげられる。
それに対し、イギリス名誉革命、フランス七月革命・二月革命、ドイツ三月革命・十一月革命、ロシアの1905年革命などは②に属する。
同様の分け方は政治革命と社会革命とを立てたラスウェル、制限革命と無制限革命とを立てたフリードリヒ、階級革命と民族革命を区別したマッキーバー、急進革命と穏健革命、流産革命を分類したエドワーズ、ブルジョア革命とプロレタリア革命を峻別したマルクスなどにも見られる。
元来、社会機構の変革を根本とする革命の試みは、必然的に強制となり圧迫となる。これに対して、その人自身の「信仰的実践」を通して人間革命せしめ、それにともなって必然的に社会革命が行われる人間性優先の革命を目ざすのが仏法の考え方であるというのが、戸田の主張であろう。
けれどもこのままだと人間革命もいずれは社会革命につながることを意味しているので、いくら人間性優先といっても国によっては、その人間性に対する解釈の違いによって、既存の政治体制の破壊を意図しているのではとなって、テロ集団のレッテルを貼られることも考えられる。
人間性とは生命の尊厳、人権の尊重、平和主義、文化主義、教育主義であることを強調しながら、これらを前面に出すことによって誤解を生まない努力も必要になるだろう。
日蓮仏教を根幹にする社会運動とは、人間主義を根幹とした生命の尊厳、人権の尊重による世界平和の実現であるという立場、そして個人あるいは国内にあっては、平和主義、文化主義、教育主義を柱として活動することが、仏道修行であるといった立場を明確に打ち出すことが必要なのである。
それは革命という言葉の響き、イメージからくる誤解やカルト教団のマインドコントロールではという誤解またレーニンのいう洗脳とも勘違いする人もいるだろう。これらの誤解を払拭することにもつながるのである。
SGIの活動は、そのための対話運動であり、言論戦であり、平和・文化・教育の推進運動なのである。
したがって人間革命を別の表現にしなくてはいけないだろう。たとえば「人間世紀の虹彩」を実現するための「ヒューマン・ルネサンス=人間復興」となる。このヒューマン・ルネサンスの思想は、数々の池田の指導講演から読み取れる。
人間復興という表現が、戸田の人間革命を止揚した新しいSGIの指標ともいえる、新しい人間主義の哲学の旗標ともなるだろう。
ヴォルテールはフランス啓蒙主義を代表する思想家として、人間の理性を根拠に人道主義的言論活動に生涯を捧げた。彼はロックから経験論を、ニュートンから自然科学的認識を学び取って理神論を唱え、カトリックの宗教的不寛容に対して信仰の自由を訴えた。
彼自身は必ずしも無神論者であったわけではなく、世界秩序の創造者としての神の存在を認めてはいたが、人格神を否定し、聖書の矛盾を指摘するその思想は、ローマカトリックからすれば異端以外の何物でもなかった。しかし人間の自由と尊厳を訴える彼の言論は、国境と階級を越えてヨーロッパ各国の君主から民衆に至るまで幅広い層に共感を呼び、十八世紀は「ヴォルテールの時代」と称されるまでになった。ルソーやモンテスキューとともに、フランス革命の精神的支柱として彼が果たした役割は大きい。
フロムは、精神分析学者、社会心理学者である。フロイトの正統派精神分析にあきたらなかった彼は、その関心の中心を人間の内に秘められている可能性の実現に求めた。そして自己実現を妨げるものに対しては妥協のない批判を展開し、個人の精神力動と社会現象の関係に重要な洞察をもたらした。
例えば主著「自由からの逃走」において彼は「……からの自由」と「……への自由」を対置させ、なぜドイツのような文化的社会でナチスが台頭したのかを説明した。
すなわち、従来は自由というと国家権力からの自由、教会からの自由、規制からの自由など「……からの自由」というネガティブな自由を意味していたが、人間はこれだけでは不十分で、以前のものよりも好ましい新たな結びつきや価値観をポジティブに求めなければならない(「……への自由」)。
「……からの自由」の重荷に耐えきれず「……への自由」へと進むこともできなければ、結局は自由から逃避する他はない。
現代における自由からの逃避の社会的な行方は、ファシズムの世界で起きたような指導者への隷属や、社会の画一化であるとした。
ペスタロッチは、ルソーの影響の下、人間の自立を促す教育方法の開発に生涯を捧げ、人間の自然な自己発展に信頼を置いた「自発性」や、認識の絶対的基礎としての「直観」等、近代教育学の基本原理となる諸概念を提示した。自己形成の主体としての自由な人間という、彼の人間観は大きな影響を後世に与えた。これらの先人たちの戦いは、すべてあくなき言論戦でもあった。



第四項 SGI設立の本懐と池田大作という人間について

池田が発病し、重症になる一年前の2009年4月の全国代表者協議会での池田のスピーチは「私は、会長として指揮を執ることはできなくなった。しかし私は、牧口先生、そして戸田先生が命を懸けてつくられた学会だけは絶対に守らねばならないと、深く決意をしていた。
私とともに戦ってくださった、多くの真実の同志を守り抜こうと心に決めていた。少しでも長生きをして、もう一度、本当の学会をつくり、未来に残すのだ。その思いで立ち上がり、ここまで頑張ってきた。
あの会長辞任から30年。私が陰で、友のため、世界の広宣流布のために、どれほど心を砕き、手を尽くしてきたか。学会をここまで発展させるのに、どれほど壮絶な戦いをしてきたか。皆さんには、真実の歴史を知っておいてもらいたいのだ」というものである。
池田の出世の本懐は、1975年に立ち上げたSGIの設立であった。故に4年後の会長辞任である。世界の広宣流布のためには必然的な事件であった。
宗門が世界広宣流布になんの役に立たないことが分かったら、残念なことだが分かれる以外にないのである。これは公明党も同様である。
いつ宗門とどのような形で決別するかは分からないが、その覚悟は必要であった。そして時が来たと言える。宗門からの破門勧告である。
創価ルネサンスの立ち上げである。創価学会の再生復興は、ひとえに宗門と創価学会との決別でしか成し得なかったのである。牧口・戸田・池田の三代で作り上げた創価学会は、宗門との決別を想定できないくらい深い関係であった。
けれどもSGIだけは、池田の創設である。宗門の権威主義と広宣流布への責任感の欠如と取り組む姿勢の甘さ未熟さは、ともに世界広宣流布を進めるうえで障害にしかならなかった。
もう一度、本当の創価学会を作り上げるには、SGIを中心とした世界の連帯が必要だったのである。
正本堂は破壊されたことにより、正本堂が事の戒壇ではなく、迹の戒壇であったことが立証された。所詮、建築物は、破壊されれば跡形もなくなる。そんなものを修行の根本指針にしたり、事の戒壇と呼んだ昔話の思い出にしたところで意味がない。
日蓮仏法の「事」とは、もっと現実的な日常的な一人一人の人間のために必要な事柄なのである。
宗門からの離脱よって創価学会が、発迹顕本を成し、日蓮の三大秘法を現代的に展開することが出来るようになったことの方が、重大事なのである。創価学会は迹門の組織であったのだ。そしてSGIが本門となる。
この時点で創価学会は、牧口、戸田が作った創価学会ではなくなったのである。まったく新しい、創価学会の誕生なのである。まさに池田の手によって創価学会は発迹顕本したのである。このことから考えられることがある。
天台が南岳慧思から法を受け継ぎながら、摩訶止観を確立したように、師である戸田から創価学会を受け継ぎながら、はるかに超えた存在へと悟りを開いた瞬間であったと思われる。
「戸田の命より大事な創価学会」との戸田の言葉の意味を考えたことがあるだろうか。戸田の真意を推し量ったことがあるだろうか。戸田が死ぬ十日前、本山において発した戸田の思いを残しておこう。
(戸田先生の御遺言と題されたこの2枚の原稿は、当時の輸送班の主任が書き残した記録である。この原稿は、ある幹部によって池田先生に提出されないまま、ある部所の倉庫に隠されたままにされた。戸田会長の本音が語られている。この事実を池田先生に知られたくなかった人物の陰謀である。そして池田先生は、戸田の遺言に反して三代会長を辞任させられた。)
「 三月十六日の儀式後、三回目の輸送班主任として登山した三月二十三日、午後二時頃旧客殿に下山を待つ百五十人位の会員の居る処へ戸田先生がおいでになり
『戸田の念願であった七十五万世帯の折伏も皆さんの協力で達成できたし、戦時中の牢獄生活で栄養失調のため悪くした眼がほとんど見えなくなったし、ここらで皆さんにお許しを頂いて、大聖人様のもとえ帰らせて頂きたい』と云われ。皆んなが『ビックリ』して一瞬悲しい雰囲気になった時、『そんな悲しい顔して戸田を困らすな何時迄、この戸田を使う気かよ』。『皆さんこの戸田がいなくなっても一つも心配はいりませんよ。三代会長になられる方がもうきまっていらしゃる。三代会長になられる方は、戸田の何百倍も力のある素晴らしい方で、この方が世界広宣流布の道を切りひらきその方程式をきちっと示してくださるから皆さんは安心して、この方の云われる通り付いて行けば素晴らしい広布の道が開けて行きますから安心して付いて行きなさい』と云われ
又『例えて云えば徳川三百年の歴史も、三代将軍が偉かったからで途中にはバカ殿様もおったが三百年も続いたではないか、こんなのものとは比べようもない事だが、三代会長さえ皆んで守り使えて行けば、四代から先は、公平な方でさえあればどなたが会長になられても創価学会は心配いりませんし世界広布は必ずできます。』と又前列にいた御婦人の方に指さして『学会は婦人の方が多いのだから貴女が会長にになられても良いのですよ』とユーモアをまじえて話され、三代会長が素晴らしいお方だと云う事を何辺もくり返しお話しされてたのですが私が直接お話を聞いたのはそれが最後でした。月末に四回目の輸送班担当の時は、二階からおふとんに寝たままで六人で支えて寝台車にお乗せしてお見送りしたのですが、日淳猊下が丑寅勤行をくり上げて駆け付けられましたが車の後姿に合掌され残念がっておられました。」
戸田は、三代会長が世界広布の道筋を作ってくださる。そのために創価学会は必要なのであり、そのために創価学会は自分の命より大事であると言われたのである。
このように池田が広宣流布の道筋、方程式を示してくれるという確信が、戸田にはあったと思われる。
戸田は三代会長の偉大なる功績を推量して、威音王と創価学会をだぶらせて語った言葉が創価学会仏である。そして池田を不軽菩薩に見立てたのだろう。
威音王に対する称賛の言葉である「如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊」に、広宣流布に邁進する創価学会の将来の姿を見たのである。
遠い未来にあって、過去の仏法流布の歴史を振り返った時、二十世紀に出現した創価学会の数々の功績に対し、如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と名けて称賛したとしても少しも可笑しくないだろう。
創価学会仏という戸田の発言も500年1000年くらい経てば、その当時の人は、過去を読み取って語るでしょう。過去に創価学会仏が出現した時代(正法(牧口)、像法(戸田))の末法に池田大作という法華経の行者がよく法華弘通をなしたと。これが後世に出される結論なのである。したがって創価学会仏と発言するのも仏出現の時代という意味であって、創価学会が根源の法身仏の垂迹などという意味ではないことは当たり前のことなのである。
法華経常不軽菩薩品第二十に「爾の時に仏、得大勢菩薩摩訶薩に告げたまわく、汝今当に知るべし、若し比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の法華経を持たん者を、若し悪口・罵詈・誹謗することあらば、大なる罪報を獲んこと前に説く所の如し。其の所得の功徳は向に説く所の如く眼・耳・鼻・舌・身・意清浄ならん。得大勢、乃往古昔に無量無辺不可思議阿僧祇劫を過ぎて仏いましき。威音王如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と名けたてまつる。劫を離衰と名け、国を大成と名く。其の威音王仏彼の世の中に於て、天・人・阿修羅の為に法を説きたもう。声聞を求むる者の為には応ぜる四諦の法を説いて、生・老・病・死を度し涅槃を究竟せしめ、辟支仏を求むる者の為には応ぜる十二因縁の法を説き、諸の菩薩の為には、阿耨多羅三藐三菩提に因せて、応ぜる六波羅蜜の法を説いて仏慧を究竟せしむ。得大勢、是の威音王仏の寿は四十万億那由他恒河沙劫なり。正法世に住せる劫数は一閻浮提の微塵の如く、像法世に住せる劫数は四天下の微塵の如し。其の仏衆生を饒益し已って、然して後に滅度したまいき。正法・像法滅尽の後、此の国土に於て復仏出でたもうことありき。亦威音王如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と号けたてまつる。是の如く次第に二万億の仏います、皆同じく一号なり」とある。
過去の威音王という仏が出現した像法時代に不軽菩薩出現してという表現も同様である。「威音王如来、既に滅度し已りたまいて、正法滅して、後像法の中に於いて、増上慢の比丘、大勢力有り。爾の時に一人の菩薩の比丘有り、常不軽と名づく」と。
同じく法華経常不軽菩薩品第二十に「最初の威音王如来既已に滅度したまいて、正法滅して後像法の中に於て、増上慢の比丘大勢力あり。爾の時に一りの菩薩比丘あり、常不軽と名く。得大勢、何の因縁を以てか常不軽と名くる。是の比丘凡そ見る所ある若しは比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷を皆悉く礼拝讃歎して、是の言を作さく我深く汝等を敬う、敢て軽慢せず。所以は何ん、汝等皆菩薩の道を行じて、当に作仏することを得べしと。而も是の比丘、専らに経典を読誦せずして、但礼拝を行ず。乃至遠く四衆を見ても、亦復故らに往いて礼拝讃歎して、是の言を作さく、爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、過去に仏いましき 威音王と号けたてまつる 神智無量にして 一切を将導したもう 天人龍神の 共に供養する所なり 是の仏の滅後 法尽きなんと欲せし時 一りの菩薩あり 常不軽と名く」とある。
威音王仏の像法時代に出現した不軽菩薩は、迫害の連続だった。常不軽菩薩は、二万億回にわたって出現した威音王仏の最初の威音王仏の像法の末に出現し、二十四文字の法華経を弘め、一切衆生を但行礼拝したが、増上慢の四衆に迫害された。
大聖人は、不軽菩薩とまったく同じであるとご自身のことを云われた。大聖人の一生は迫害の連続だった。そして池田もまた迫害の連続だった。
池田による数々の指導はすべて次の三点に絞られる。
① 個人の人間革命(復興)のための三大秘法 
② 庶民の生活に展開する三大秘法 
③ 折伏と摂受による広宣流布実現のための三大秘法である。
現代の三大秘法を建立することが、世界広宣流布のためにはどうしても必要なことであった。現代の法華経の行者である池田によってSGIとともに成し遂げられたのである。
池田は言う。「『SGIは、永遠に、民衆を幸福にするために存在する』『この地上から悲惨の二字をなくすまで』(師弟不二の誓願)ここにSGIの出現の本懐がある」と。
広宣流布とは、仏法を広く世界に弘め伝えることによって平和な社会を築くことをいう。三大秘法を介して久遠の仏に結縁して、本来的自己の自律的行為を促すことによって、法華経の行者の一身の当体と言われた南無妙法蓮華経の境地に住するのである。
池田の出世の本懐は、SGIの結成であるが、SGIの活動のために現代的に展開した三大秘法、すなわち日蓮仏教を根幹とした平和・文化・教育の建立と世界広宣流布の礎を構築することであるとも思っている。
さらにSGIの創立された意義と本懐は、日蓮に次ぐ末法の法華経の行者の出現の場を創設したことと広布流布であるが、この広宣流布を世界平和と池田が定義したことは、重大な意味があったのである。
創価ルネサンスの開幕宣言は、戸田は価値論の使用を中止することと教育者主体から一般庶民に広げる宗教活動への転換によって牧口を止揚した。戸田と同様に戸田を止揚した池田の宣言でもある。戸田時代には思いもよらなかったであろう宗門の鉄鎖からの開放宣言でもあるからだ。
池田が亡くなった後のSGIは、池田の指導を書籍から学ぶ以外にないのである。実質的には、平成の今日も(池田が一切の会合に出席しなくなった)同様ではある。
しかし平和・文化・教育に関する池田の指導は、膨大な量である。その一つ一つの検証は今後の若い人たちに期待したい。
たとえば池田が「教育」という単語を使って指導された箇所は、この五十年で一万4千か所以上ある。「平和」「文化」はそれよりも多い。これらを一一に検証することは、筆者の年齢、体力を考慮するととても困難である。
SGI設立の本懐を目指して、明るく楽しく仲良く伝統を築いていくことを望むものである。油断と怠慢、幹部の傲慢は最も注意すべき課題でもある。新しい時代の新しい組織運営と活動の在り方を模索してもらいたいと切に希むものである。すべての会員に公平で親切なSGIであって欲しいとも思う。
また広宣流布のために、今が末法だから、ひたすら折伏にだけ励まなくてはいけないのかという問題がある。摂受の具体的な行動は、池田の足跡から見れば、世界の著名人との会談などが代表的なものだろう。
著名人との会談をし続けた池田を、売名行為だとか、折伏をしていないだとか言って批判する輩のなんと見識の無いことか。池田を批判することが、自身のステータスだと勘違いしている輩を筆者は「愚か者」と断定できる。
四条金吾殿御返事に「今こそ仏の記しをき給いし後五百歳・末法の初・況滅度後の時に当りて候へば仏語むなしからずば一閻浮提の内に定めて聖人出現して候らん、聖人の出ずるしるしには一閻浮提第一の合戦をこるべしと説かれて候にすでに合戦も起りて候にすでに聖人や一閻浮提の内に出でさせ給いて候らん、きりん出でしかば孔子を聖人としる鯉社なつて聖人出で給う事疑なし、仏には栴檀の木をひて聖人としる」
「聖人の出ずるしるしには一閻浮提第一の合戦をこるべし」の合戦は、第一次、第二次世界大戦だとすれば池田はまさに聖人でもあるだろう。
だからと言って池田が日蓮や上行の再誕とは思えない。それでも池田は、人間でありながら、まぎれもなく末法の法華経の行者であることは間違いないだろう。 
もちろん日寛教学に拘る人は、末法の教主釈尊、末法の一仏、法華経の行者は日蓮一人とすることが、教学のけじめであろうと思う。したがって、信心決定した素晴らしい人がいたとしても、その人は日蓮の眷属という位置づけにせざるを得ないことはよくわかる。
そもそも再誕思想は迹化の菩薩が許されなかった末法での広宣流布の戦いに参画出来ない代わりに、末法以前に出現する法華経の行者に再誕するということである。
例えば天台が薬王再誕で聖徳太子が南岳の後身などである。しかし末法では法を流布する資格のない迹化の菩薩は再誕もできないのである。
また末法において人間として出生するとき、誰でも出世の本懐を持って生まれると考えられる。例えば日蓮もそうで、三大秘法建立という出世の本懐を遂げれば、再誕すること自体が不自然になる。 
それは再誕したらまた別の理由で出生の本懐を果たさなくてはならなくなる。これでは最初の本懐はなんだったのかとなりかねないのである。
会長を辞任させられる数年前に池田が日達に質問したことがある。「四条金吾や南条時光といった人たちが生まれ変わってくることは、考えられるのでしょうか」と聴くと日達は「そう考えることはできるでしょうが、生まれ変わってくる必要はないのではないかと思います」と答えていた。
その意味において四条、南条のお二人も日蓮在世の時にそれなりの本懐は遂げたと言えるのだろうと思える。
それではまだ釈迦滅後に一度も出生したことのない上行はどうだろう。日蓮の上行再誕は外用であって、上行そのものではないが、上行の本懐は日蓮の外用で終わるのだろうか。
もし池田の本地が上行であってもなんら差支えはないのだが、その場合は法華経の会座で受けた付嘱はなんなのかを説明しなくてはならなくなるだろう。
したがって筆者は、池田は誰の再誕でもないが、まぎれもなく日蓮に次ぐ、末法の法華経の行者であると確信している。
なぜ池田が現代に出現した法華経の行者であると私が思ったのかその衣文を引用するので、先ほど引用した四条金吾殿御返事とともによく読んでもらいたい。
高橋入道殿御返事に「其の時上行菩薩出現して妙法蓮華経の五字を一閻浮提の一切衆生に授べし、其の時一切衆生・此の菩薩を仇(かたき)とせん、所謂 猿の犬をみたるがごとく・鬼神の人をあだむがごとく・過去の不軽菩薩の一切衆生にのりあだまれしのみならず杖木瓦礫に・せめられしがごとく覚徳比丘が殺害に及ばれしがごとくなるべし。
其の時は迦葉阿難等も或は霊山にかくれ恒河に没し・弥勒・文殊等も或は都率の内院に入り或は香山に入らせ給い、観世音菩薩は西方にかへり・普賢菩薩は東方にかへらせ給う、諸経は行ずる人はありとも守護の人なければ利生あるべからず、諸仏の名号は唱うるものありとも天神これを加護すべからず、但し小牛の母をはなれ金鳥の鷹にあえるがごとくなるべし、其の時十方世界の大鬼神・一閻浮提に充満して四衆の身に入つて・或は父母をがいし或は兄弟等を失はん、殊に国中の智者げなる持戒げなる僧尼の心に此の鬼神入つて国主並びに臣下をたぼらかさん、此の時上行菩薩の御かびをかほりて法華経の題目・南無妙法蓮華経の五字計りを一切衆生に授けば・彼の四衆等・並びに大僧等此の人をあだむ事父母のかたき宿世のかたき朝敵怨敵のごとくあだむべし、其の時大なる天変あるべし、所謂日月蝕し大なる彗星天にわたり大地震動して水上の輪のごとくなるべし、其の後は自界叛逆難と申して国主・兄弟・並びに国中の大人をうちころし・後には他国侵逼難と申して鄰国より・せめられて或はいけどりとなり或は自殺をし国中の上下・万民・皆大苦に値うべし、此れひとへに上行菩薩のをかびかをほりて法華経の題目をひろむる者を・或はのり或はうちはり或は流罪し或は命をたちなんどするゆへに・仏前にちかひをなせし梵天・帝釈・日月・四天等の法華経の座にて誓状を立てて法華経の行者をあだまん人をば父母のかたきよりもなをつよくいましむべしと・誓うゆへなりとみへて候に、今日蓮日本国に生れて一切経並びに法華経の明鏡をもて・日本国の一切衆生の面に引向たるに寸分もたがはぬ上・仏の記し給いし天変あり地夭あり、定んで此の国亡国となるべしとかねて知りしかば・これを国主に申すならば国土安穏なるべくも・たづねあきらむべし、亡国となるべきならば・よも用いじ、用いぬ程ならば日蓮は流罪・死罪となるべしとしりて候いしかども・仏いましめて云く此の事を知りながら身命ををしみて一切衆生にかたらずば我が敵たるのみならず一切衆生の怨敵なり、必ず阿鼻大城に堕つべしと記し給へり。此に日蓮進退わづらひて此の事を申すならば我が身いかにもなるべし我が身はさてをきぬ父母兄弟並びに千万人の中にも一人も随うものは国主万民にあだまるべし、彼等あだまるるならば仏法はいまだわきまへず人のせめはたへがたし、仏法を行ずるは安穏なるべしとこそ思うに・此の法を持つによつて大難出来するは知んぬ此の法を邪法なりと誹謗して悪道に堕つべし、此れも不便なり又此れを申さずは仏誓に違する上・一切衆生の怨敵なり大阿鼻地獄疑いなし、いかんがせんと思いしかども・思ひ切つて申し出しぬ、申し始めし上は又ひきさすべきにもあらざれば・いよいよ強り申せしかば、仏の記文のごとく国主もあだみ万民もせめき、あだをなせしかば天もいかりて日月に大変あり大せいせい(翠星)も出現しぬ大地もふりかえしぬべくなりぬ、どしうちもはじまり他国よりもせめるなり、仏の記文すこしもたがわず・日蓮が法華経の行者なる事も疑はず。」
池田は上行再誕ではないとしても、まぎれもなく上述の如き状況に追い込まれている。少々長い引用になりましたが、この御文の社会情勢は、まさに池田の足跡そのものである。次に引用した御文にも注目してもらいたいと思う。
妙密上人御消息に「いまだ本門の肝心たる題目を譲られし上行菩薩世に出現し給はず、此の人末法に出現して妙法蓮華経の五字を一閻浮提の中・国ごと人ごとに弘むべし」
教行書御書に「地涌千界出現して濁悪末代の当世に別付属の妙法蓮華経を一閻浮提の一切衆生に取り次ぎ給うべき仏の勅使なれば」
右衛門太夫殿御返事に「当今は末法の始の五百年に当りて候、かかる時刻に上行菩薩・御出現あつて南無妙法蓮華経の五字を日本国の一切衆生にさづけ給うべきよし経文分明なり、又流罪死罪に行わるべきよし明かなり、日蓮は上行菩薩の御使にも似たり此の法門を弘むる故に、神力品に云く「日月の光明の能く諸の幽冥を除くが如く斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅す」等云云、此の経文に斯人行世間の五の文字の中の人の文字をば誰とか思し食す、上行菩薩の再誕の人なるべしと覚えたり、経に云く「我が滅度の後に於て応に斯の経を受持すべし是の人仏道に於て決定して疑有ること無けん」云云、貴辺も上行菩薩の化儀をたすくる人なるべし」
池田は、末法の法華経の行者としてまさにこれらの御書にあるように「上行菩薩の化儀をたすくる人」だったのである。
また「一閻浮提の中・国ごと人ごとに弘むべし」とはまさに池田の足跡ともいえる。世界中の国ごと人ごとに南無妙法蓮華経を弘めたのは仏教の歴史上、池田ただ一人である。
教行書御書に「地涌千界出現して濁悪末代の当世に別付属の妙法蓮華経を一閻浮提の一切衆生に取り次ぎ給うべき仏の勅使なれば」ともある。
その池田が、日蓮の三大秘法を現代に蘇らせたのである。それは、宗教活動の枠を超えて社会運動への道を切り開いたのである。なぜそうするかというと、世界広宣流布のためにである。世界に進出すれば日本の一宗教、仏教の一宗派にしか見られないからである。
世界的には仏教の仏は釈迦一人であるという認識である。日蓮が釈迦をも凌ぐ、末法の教主釈尊であることを今後認識せしめることが出来るのは、SGIだけである。世界の指揮者といえども釈迦自身が認めた白法穏没の法など知る由もないのが現状である。
その世界に打って出て、世界の仏教認識を根底から変える決意無くして、世界広宣流布など出来るはずが無いだろう。この決意こそ末法の法華経の行者の証なのである。
最後に会長就任五十周年記念特別寄稿(2010年5月)『創価の魂 地涌誓願の誉れ』(大白蓮華 5月号)をそのまま引用させていただきたい。
弟子の勝利は、師匠の勝利である。
私の五十年は、ただただ、恩師・戸田城聖先生に捧げた闘争であった。
この五十年の創価の師弟の勝利は、何よりも、私とともに戦ってくださった全学会員の勝利である。
それは、法華経に説かれる「地涌の菩薩」の勝利の劇にほかならない。「山に山をかさね波に波をたたみ難に難を加へ非に非をますべし」(御書202㌻)
この「開目抄」の御文のごとく、仏意仏勅の我らの前進は、荒れ狂う大難また大難のなかにあった。
嵐のような迫害が続く五十年であった。
正義の旗を高く掲げた五十年であった。
庶民と苦楽を共にする五十年であった。
健気な母の幸福を祈る五十年であった。
同志の歓喜に包まれた五十年であった。
片時たりとも師を忘れぬ五十年であった。
ただ恩師のために!
ただ恩師とともに!
勝利また勝利の広宣流布の大道を、全世界に切り開いた五十年であった。
私には一点の悔いもない。
わが心は、友と一緒に仰いだ、
あの5月3日の澄みきった天晴大のように、どこまでも広々と晴れわたっている。

   以上 完




このあとは、本題とはまったく関係の無い筆者の独り言である。
 「地涌の菩薩」としての自覚は
 不改の体、相性の変革に人間復興の実相がある。
 自他共に感じる変革の相性。
 自身には、より深くより広く真実を見極める目を養うことである。
 他者には、友情の輪を広げ、真実を聞きわける耳を持つことである。
自身の本地を地湧の菩薩と自覚することは
さまざまな視点で自身を見る眼を持つことに他ならない。
 人間は、人間が存在する空間のなかで
 時間として感得することができる
 空間座標のなかで
 時間を座標変換して語る能力を具えている。
 その時間と命名した現象の本質こそ
 生命力なのである
 大自然 大宇宙 その生命の力用こそ
 時間と人間が呼んでいる現象
 生命力という力に対し
 人間は直観的に存在を感じ
 表現として時間の思索のなかに
 答えを求めている
 時間の三世は
 過去が虚時間に去り
 未来が虚時間より来る
 現在という実時間に直交する虚時間座標の実相
 実時間はそれ故に
 方向性と寿命の概念に一致し
 実エネルギーを持って顕在化する
 虚時間に三世の各別はない
 生命力とは
 虚エネルギーのポテンシャルであり
 顕現した物質に寿命を与える
 そして現在におけるポテンシャルの変更は
 実時間より観れば
 経過ゼロという即身
 虚時間座標のポテンシャルの移動を
 成仏とも人間革命とも呼ぶ

人間復興とは自身の人生における「時の流れを知覚」し、価値創造する生き方である。価値を創造するとは、美利善の相対的価値ではなく、安利善の円融の価値体系である。
美も真理も「時流」とは直接的に関係をもつことはない故に、観念的な価値基準の域を出ない。
宇宙は絶え間なく運動する。仏もまた休むことはない。絶えず留まることのない人生にあって、日常的に本源的な自己顕現を目指すことは「時空」の本質とその「時空」のなかに構造化された人間の生き方における価値体系を必要とする。
神や仏との相対でも人間どうしの相対でもない。人間自身における円融の価値である。ゆえに絶対でありながら絶対に偏らない絶待妙の価値と名づける。
「時の流れを知覚し」とは「時こそ仏」の自覚であり、現在過去未来という三世に亘る生命の流れを知覚でき、現在における自身を覚知できることある。これを人間復興という。しかしこんな悟りは誰にでも可能ではないだろう。そこで日蓮は「南無妙法蓮華経」と仏の名、宝号を確定させて、その宝号を唱えることによって「時の流れを体現」する方途を示したのである。
「時の流れ」とは、虚時間から実時間、実時間から虚時間という流れである。実数軸上を過去・現在・未来と措定するのではなく、過去と未来は、常に現在に直交する虚数座標上に存在すると仮定することだ。
人間は常に現在を自覚しながら生きている。しかし現実の時間は、実数上には過去も未来も存在していない。
人間復興を成し遂げた人間とは、不改の体でありながら相と性を現実の人生において即で結べる人である。相と性を即で結ぶとは、地涌の菩薩として己の性分を活かすことができるということである。
人間復興とは、自身の内なるコミュケーションの復興である。自己に自己化する南無の本義に人間復興の本意がある。
人間は、寿命の経過を「時の流れ」と勘違いしている。実数軸上の変化に惑わされたり、過去の事実と経験、体験に規制されている実感から抜けられない。実数上の過去と現在に内在する過去とは、その構造が異なるのである。
生まれた時と死んだ時という二つの「時」の差は、現在と過去の時間差ではなく寿命の絶対時間である。寿命は、実数時間のみが持つ特性の一つであり、寿命の内に存在する時間の三世は、寿命座標系のいわば特殊相対性原理である。物理学における空間座標系の時間でもある。仏法で説く寿命の概念の本質的意味でもある。

以上